科博のクラファンにみる歴史文化の保存活用について

国立科学博物館(略称:科博 かはく)のクラウドファンディング(以下、CF)が話題となっている。2023年8月7日 9:00にCF募集開始し、その日の17:20には目標の1億円を超え、本ブログ執筆時には6.9億円に達している。募集終了の11月15日までには10億円を超えるかもしれない。

2023年8月20日18:00現在の科博のCFサイト画像

参考1:国立科学博物館 クラファン初日に目標金額の1億円に達する 2023年8月7日17時06分 NHK 

参考2:2日で4億円突破の「国立科学博物館」クラファン。大成功でもまだ気が抜けない理由 Aug. 09, 2023, 11:40 AM BUSINESS INSIDER 

参考3:壊れたままのエアコン、館長室にはカビ…クラファンで5億円の国立科博、副館長が語る涙ぐましい努力と「コレクションを守る意義」もっと税投入すべき? ABEMA Prime 2023/08/10 17:21

参考4:もし資金集めがコケていたら…国立科学博物館、5億円集まったけど 残るモヤモヤ感の正体 こちら特捜部 東京新聞 2023年8月11日 12時00分 

参考5:科博の「資金難」背景は? クラファン5億円突破 「交付金見直しを」と識者 8/12(土) 13:34 JIJI.COM

CFの功罪

動植物や化石など、国内外のさまざまな標本を収集し、国内最大規模のコレクション(約500万超)がある国立科学博物館が故の知名度・ファン及び返礼品が貢献しているものと思われる。CF的には大成功と云える。

しかし、一概に大成功と喜べない事情がある。『今回のCFにより、個人寄付者の掘り起こしができたことは良い』(サイエンスライター竹内薫)と評価する一方で、『入館料は博物館法の定めもあって高額にはできない。寄付を募るとしても、学芸員が1人しかいないような小規模館では、CFを企画するのも困難で、科博のようなことは地方の博物館ではできない。』(兵庫県人と自然の博物館(ひとはく)の橋本佳延主任研究員)、『科博のような人気館はいいが、博物館の間にCFが広がり、人気投票による資金獲得競争となったら、勝ち組と負け組に分かれ、生き残れなくなる館も出てくるのではないか。』(科学・政策と社会研究室 榎木英介代表理事)と、競争的環境に置かれた場合の格差の拡大、つまりは弱小博物館等の存廃のリスク拡大を危惧する声がある。

こうした声を反映したのか、寄付金が6億円を超えた段階で、下記のようなお知らせがアップされている。要するに、予定以上の寄付金が集まったので、その一部を「他館の標本・資料の入手や整理に関わる作業の援助や、交換、レプリカの作成などを連携して行う」とのこと。

CFサイトにアップされたお知らせ

そもそも、なぜ、国立の科博がCFする必要があるのか

科博のCFサイトには、『当館のミッションは大きく三つ、「調査研究」「展示・学習支援」そして「標本・資料の収集・保管」です。しかし、その根幹である「標本・資料の収集・保管」が、昨今のコロナ禍や光熱費、原材料費の高騰によって、資金的に大きな危機に晒されています。かはくの担う機能の根幹にかかる費用についてご支援をいただきたい』と記載されている。そして、CFのもう一つの目的として、『クラウドファンディングは、資金を援助していただくだけでなく、その取り組みを応援してくださる新たな仲間との出会いを作る機会となると強く感じております。』と継続的な寄付のパートナー探し(寄付文化づくりへのきっかけづくり)がある。

背景には、国からの運営費補助の削減の流れがある。『科学技術を含む文化芸術活動は未来への投資。交付金削減政策はすぐにでも見直すべきだ。科博をはじめとした文化芸術や科学分野への交付金がこの20年ほど減らされてきた。マイナスの影響が大きく、「自助努力でお金を稼いで」という政策は文化活動にはそぐわなかった。検証するとともに、寄付の税制上のメリットを増やすことも重要だ』(サイエンス作家 竹内薫)と指摘している。

つまり、元々、運営資金が少ない状況下で、コロナ禍により入館料収入が減少し、コレクション収集・保管(約500万超)の経費捻出に苦労している構造的要因がある。そうしたギリギリの状況の中で、さらに最近の光熱費の高騰により、運営財源が逼迫したとのこと。国立系や東京都・政令指定都市等以外の基礎自治体に存する歴史文化施設の維持はもっと厳しいものと思われる。

日本の教育や歴史文化に対するわが国の国家予算は少ない。少ないということは、予算を投じる優先度、重要性が低いという評価の反映であろう。そしてそれを補う寄付も、寄付文化のないわが国ではこれまた、他国と比べ少ない。

出典:文化芸術関連データ集 文化審議会第11期文化政策部会(第3回)平成25年9月24日 文化庁

出典:文化芸術推進基本計画(第2期)関連データ集 文化審議会第20期文化政策部会(第1回) 文化庁

出典:財政制度分科会(令和4年4月8日開催) (参考資料2)文教・科学技術 財務省

運営費削減の方策

【集中化】

現在放送中のNHK朝ドラ「らんまん」でも、「植物」の標本の収集・保管の大変さと大切さが演じられている。動植物だけでなく、芸術家・アート作家・写真家等すべての分野に共通しているのが「空調管理」である。作品やネガ原本等は空調管理が疎かになると劣化する。この空調管理を必要とする施設は集中させて大型化した方が効率的である。

長期的な気候変動(気温上昇、自然災害激甚化等)、現行施設の老朽化・収納不足等を考えれば、国レベルの博物館・資料館・美術館等であれば、自然災害リスクが低く、気温と湿度の両方が安定しており、風通しや日射量が少ない場所(例えば、東北・北海道地方)に、最新鋭の収蔵庫を集中整備することで、空調費が抑えられるのではなかろうか。例えば、科博の収蔵庫はそうしたことを検討した上での立地なのか知りたいところである。

その他の地域あるいは固有の施設についても、地方自治体ベースで同様の整備あるいは断熱・通風機能の強化等が必要となる。これは防災や交通等のインフラ整備と同じく、歴史文化のインフラ整備と位置づけられる性格のものと云える。

【広域・水平垂直連携化】

国、ブロック、都道府県政令指定都市等の中核的博物館等以外の基礎自治体の施設の維持管理は専門的な人材や財源の観点から、個々独立では経営効率が悪い。このための方策として、基礎自治体の道路・橋梁等のインフラ維持管理と同じような、基礎自治体の拠点施設(郷土資料館等)を核とした各種「歴史文化」施設の水平連携(含む近隣市町村との広域連携、芸術系大学との連携等)を都道府県がバックアップする垂直連携が有効と思われる。

そして、維持管理業務(巡回・維持・補修・修繕等)の外部委託において、個々の施設・業務を個別に委託するのではなく、施設群として維持管理業務を包括的に処理できる民間事業主体(地元事業者を中心とした共同事業組合等)を組織してもらい、そこに委託することで、維持管理の効率化・低廉化が図れる。

歴史文化の財源調達の多様性と柔軟化

歴史文化インフラは過去・現在・未来を繋ぐものであり、かつ歴史文化(知・創作の蓄積)は経年的に積み上がっていく(科博の場合、標本の数は毎年約8万点増加)という特徴を有しており、その整備及び保存・管理・活用は、本来的には公的資金(国民・企業等が収めて税金)が投じられるべきである。

国立大学が法人化され、運営交付金を毎年減らされ続け、外部の競争的資金の獲得を強いられ、大学(特に、地方大学)の多様性、創造性、ひいては活力が失われてきたのと同じことを繰り返していては、日本の将来は本当に危うい。

博物館等の運営に経営的努力を促す仕組みとして、運営効率を図る以外に、最近は自己資金インセンティブの強化(財務省)が諮られているようである。科博のCFもその一環と思われる。しかし、これとて、限界がある。歴史文化の保存活用は短期的視野ですべてが評価されるものではない。

出典:財政制度分科会(令和4年4月8日開催) (参考資料2)文教・科学技術 財務省

問題は、「寄付」の多様化、柔軟化である。寄付には、いろいろ考えられる。

歴史文化支援の宝くじがもっと行われてもいいのではなかろうか。大型宝くじ(ジャンボ宝くじ)以外は、あまり発行目的を認識されていないのが現状において、今回の科博の盛り上がりを受けて、全国の歴史文化保存支援の宝くじを継続的に発行するのも面白い。

企業版ふるさと納税は、当該歴史文化の保存活用(承継・管理団体の支援)に確実に充当されるように、本来の直接目的税的仕組み(条例、内規等)を地方自治体がきちんと整備する必要がある。

学校法人、特に芸術系大学への寄付(受配者指定寄付金制度等併用)は、募集する寄付の目的・使途が限定されているが、芸術系大学の使命として、キャンパス外の歴史文化の保存活用支援にも使えるように目的・使途を拡張すべきである。そうすることにより、企業からの芸術系大学を通して歴史文化への寄付受け入れが容易となり、寄付文化の拡大にも繋がる。芸術系大学の社会的存在価値を高めることにもなる。

時代の流れにあった財源調達の多様化・柔軟化を進めて欲しいものである。

 

【追加参考記事】2023/08/22 15:00