
概要
いま、日本の地域空間は静かでありながら大きな転換点に立っている。人口減少、高齢化、耕作放棄地の拡大、都市の熱環境悪化や内水氾濫(ないすいはんらん:大雨などで排水が追いつかず市街地に水があふれる現象)が重なり、別々に見えていた問題が一つの地域空間の課題であることを示している。自然との共生とは環境保全のための付け足しではなく、どこに人が住み、どこで水を受け止め、どこに余白を残すかという地域空間の設計そのものにかかわる条件である。
国づくり/国土づくりの本義は、本来、数十年、数百年単位で地域の生存条件を整える仕事であった。しかし近代日本の地域空間は、河川制御主義、山地開発、都市集中という三つの論理で形づくられ、戦後復興と高度成長を強く支えた一方、人口増加と経済拡大を前提としていた。その結果、森、川、農地、集落、都市、海のあいだにあった関係の厚みは弱まっていった。
いま起きている変化も、人口減少だけでは説明できない。高齢化、過疎化、空き家の拡大、森化(人の手入れが弱まり農地や草地が森林化していく現象)が同時に進み、集落の担い手が減れば水路や法面の手入れも届きにくくなる。気候変動が重なることで、地域空間がもともと持っていた受け止める力、逃がす力が弱っていることが浮き彫りになっている。
そこで軸になるのが流域圏(雨水が同じ川や海へ集まり、人の暮らしとも結びつく空間単位)という見方である。深山、里山、里海は単なる景観ではなく、人の関与と自然のはたらきが長い時間をかけて重なった動的な仕組みであり、保全と利活用を対立させず、更新的に継承することが求められる。
エネルギーについても、脱炭素そのものは避けがたい課題であるが、どこに、どの規模で置くかという地域空間との整合が問われる。大規模太陽光や陸上風力が里地里山や尾根筋を改変し、土砂流出や生態系の分断を招く例もあり、量だけで評価してよい問題ではない。都市も流域圏に埋め戻す発想で再自然化し、雨を受け止め、熱をやわらげる自然の機能を内部に取り戻す必要がある。
人口減少下の縮退は、撤退でも集約一辺倒でもない。住み続ける自由と、支え続けられる条件とのあいだには緊張があり、地域ごとの条件に応じて住み方/暮らし方の選択肢を残すことこそが本質である。地域空間の価値は防災や環境保全だけでは終わらない。人がそこにいてよいと感じられる居場所、自己表現や挑戦を受け止める舞台としてのWell-being(よく生きること)に資する空間・風景もまた、大切な条件である。
「土木」の本義もまた、自然を一方的に従わせる技術ではなく、人が自然の条件のなかで生き続けるための基盤を整える営みであったはずである。生き延びるための空間から、よく生きるための空間へ。その転換こそが、これからの日本の地域空間に求められるもっとも深い再設計である。
本文
- 序 はじめに
- 1 近代日本の地域空間
- 2 いま起きていること
- 3 流域圏という空間単位
- 4 深山・里山・里海
- 5 自然を壊さないエネルギー
- 6 都市再自然化の課題
- 7 縮退と居住の自由
- 8 Well-beingと風景
- 結 自然共生の空間へ








