まち歩き TOKOROZAWA STREET PLACE 2022

2022年11月19日(土)~20日(日)、「TOKOROZAWA STREET PLACE 2022」が開催されていたので、散歩を兼ねてぶらぶらした。目玉は、国登録有形文化財「秋田家住宅」が特別公開され、内部が見られる。そして、以前から、気になっている「インフラスタンド」で開催される「KAWARA市」がこのイベントの一環として開催される。

秋田家住宅

秋田家住宅は以前から、前を通るたびに単に古い民家が高層マンションに挟まれていて、その存在を知ってはいたが、由来等は知らなかった。今回、特別公開の見学会に事前申込をしたところ、「11:15~12:15」の時間帯での参加が可能になった。

11:05頃、会場に到着し、しばし待ったあと、説明をしてくれる方(伝統的工法のプロ)の案内で1階土蔵、2階、1階家屋、外塀と巡った。丁寧な説明で、初めて「秋田家」という商家(綿糸商)の由緒、建物のこだわりを知る。明治期のガラスが一部残っていることも知り、驚いた。渋沢栄一も新築時にこの家を訪れたとのこと。

昨年、秋田家から所沢市に寄贈されたとのことで、建物から裏にある東川までつづく細長い空間の整備・活用を検討中とのこと。所沢市に残された数少ない歴史を感じる場をよく調査し、是非、うまく残して欲しい。

マンションの谷間に残されている秋田家住宅

土蔵が併設されている商家

1階の戸の戸袋が2階の座敷まで設えられ壁に沿っている。ガラス戸の模様のあるガラスは明治期に讃えれたときのもの。

座敷の襖を開けると土蔵の壁

未整備のため公開されていない土蔵の2階

銀座中央広場

秋田家住宅の見学の後、少し歩いたところにある「銀座中央広場」で「サウンドインスタレーション」がおこなわれているとのこと。そもそも、所沢に40年あまり住んでいるが、「銀座中央広場」をしらない。来てみると、高層マンションの公開空地のような場所である。何が行われているかもよくわからず、草団子と焼団子を食す。しかし、全体として、盛り上がりに欠け、よくわからない。

KAWAYA市

地元の水道工事屋さんが特定空家的な場所を事務所敷地として整備し、その一角を「インフラスタンド」としてセミパブリック空間として設え提供している場所で、「市」を開催するとのことで立ち寄った。

行くと、キッチンカーや出店コーナーがあり、賑わっている。隣接の所沢市の道路用地残地も一体的に利用されている。こういう官民連携は良い。水道工事屋さんの資材置き場まで使われ、セミパブリック空間としての拠点性が芽生えていることに嬉しさを覚える。

暮らすトコロマーケット

続いて、航空記念公園で開催されている「暮らすトコロマーケット」にいく。航空記念公園でこうした催しがされていることを初めて知る。後で、調べてみると、2015年から開催されているようで、所沢市以外(湘南からの出店が多かったように思えた)からの出店も含めてクラフトとアート、食と農と音楽とが融け合うマーケットのようで、程よい混み具合が良い。

全景

おわりに

約3時間ほど、好天に恵まれ、所沢のまちを歩いた。「プレイス(点)がつながり、ストリート(軸)になる!!」という標語にはまだ道は遠い感じがしたが、所沢の歴史と文化の醸成のために頑張って欲しい。

コロナ禍の神社と七五三

2022年11月13日(日)、快晴(最高気温24度)、息子の孫2人(長女、次女)の七五三のお祝いに東伏見稲荷神社に行った。長女の孫が3歳のとき以来なので4年ぶりである。その間にコロナ禍になり、コロナ禍下での七五三となった。

髪結いと着付け

朝8:08発の電車に乗り、近くに住む息子のマンションに8:30頃につく。孫二人は近くのヘアサロンに行って、日本髪を結いに行っていたが、しばらくして帰ってくる。この日のためにふたりとも髪を伸ばしていた。お風呂に入れる時、髪を洗うのが大変だったが、七五三が終われば、伸ばした髪を切るとのことなので助かる。

帰ってきた孫に着物の着付けをする。着付けは家内の役目。体のサイズと着物サイズが異なっているので四苦八苦しながらもなんとか着付けをする。簡単な着付けの下の子はともかく、上の子は一応それなりの着付けの手順を踏んでいた。見ていて、準備するものや、着付けに要する時間を考えると、確かに着物を日常的に着るのが大変なことがよく分かる。加えて、着付けの仕方を知らないと自分で切れない、人に着せられない。

下の娘の着付け

下の娘の着付け終了

上の娘の着付け開始

バラの花の帯結び

先日、たまたま、知り合いの女性の学者先生が海外での学会に参加したときの様子をSNSにアップしていたが、その時、りっぱな着物を着て写っていた。着物や着付けをどうしたのか、今度あったときに聞いてみたい。

東伏見稲荷神社で七五三

息子のマンションを出て、車で東伏見稲荷神社に向かう。10:30すぎに到着。息子の嫁のお父さん・お母さんと神社境内で落ち合う。以前のときほどの七五三の賑わいではないのはコロナ禍のせいだろうか。

東伏見稲荷神社の境内から登ってきた入口の鳥居を見る

東伏見稲荷神社の由緒

コロナ禍の影響を反映しているのが「手水舎(てみずや)」である。手水舎は封鎖され、代わりにアルコール消毒液のボトルが置かれている。神様のご利益もコロナウィルスには効かないようである。コロナ禍の象徴的光景である。

コロナ禍の手水舍

参考:神社にある「手水舎」の読み方とは?正しい作法で身を清めてから参拝を 2022年9月27日 更新 2020年9月30日 公開  Coeurlien 

着物姿でこれから祈祷へ

まずは、祈祷を受ける。やはり、以前に比べて祈祷を受ける人が少ない。神主の声も小さく所作もぎこちない。マスクのせいだけではなく思われ、ありがたみが今ひとつ。祈祷が終わり、千歳飴や風船等を受け取る。後で、孫が千歳飴を取り出していたが、円高のせいでもあるまいが、以前より小さい感じがする。

祈祷の風景

そのあとは、境内の中で写真撮影。頼んでいた派遣のカメラマンと、あちこちで孫を中心に写真撮影。カメラマンも子供をなだめつつ、親たちに気を使い、なかなか大変である。13時頃にすべて終了。車で、子どもたちの着替え。上の娘は着物を脱ぐと、着物の圧迫で上半身が赤くなっている。子供にはきついのに、ニコニコしていたはすごい。子供なりに成長している。

境内風景

11月中旬にしては暑い中といえ、天候に恵まれ、孫の成長も実感でき、良き日であった。

 

地方はどこへ行くのか 衰退する地方

新型コロナ第7波のピークが過ぎた2022年9月9日~9月13日にかけて田舎(徳島)に帰省した。今年もまた、地方の実態を、地方創生の難しさを色々感じた。本当に、今後、地方はどうなるのだろうか。たまたま、「知恵泉」(NHK 2022年9月13日 22:00~22:44 放送)で、日本民俗学柳田国男の「農民は何故に貧なりや」「自らのベースを深く知る」「長い時間をかけて培ってきた『民衆の知恵』にこそ、経世済民のカギがある」ということを知った。沁みる。

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上田研二氏を偲ぶ

2022年5月15日、㈱高齢社(2000年1月1日設立)を興し、そのノウハウを余すことなくオープンにし、高齢者の働く場づくりの支援をしたいと一般社団法人高齢者活躍支援協議会(略称:高活協)を立ち上げ、高齢者派遣事業の普及に尽力された上田研二さんが亡くなられた。そして、先日(2022年7月25日)、高活協主催での「偲ぶ会」が催され出席しました。改めて、ここに生前の上田さんを偲び、哀悼の意を表したいと思います。

2年前に出版された「53の言葉」に託した遺言が、本当に「遺言」になってしまいました。

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「協働」を超えて 「コレクティブ・インパクト」の市民参加へ

「国づくり」から「まちづくり」への流れ

「市民参加/住民参加」が謳われ久しい。しかし、市民参加/住民参加とはそもそも何を意味するのか。いつから、そのような概念が出てきたのか。

封建時代(鎌倉時代~江戸時代)が終わり、明治維新後からは近代国家への国づくり、そして第二次大戦敗戦後の復興を経て、新たな国づくりに邁進した高度成長期時代が続く。1970年(昭和45年)に、総人口に占める 65歳人口の割合が7%を超え、いわゆる「高齢化社会」に突入するなか、第一次オイルショック[1973年(昭和48年)10月~1974年(昭和49年)8月]が起こり、高度成長時代は終焉し、低成長時代へと一大転換を迎える。

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秩父の「ようばけ」を観る

2022年4月9日(土)、久しぶりに秩父に行った。行きの西武秩父行きの特急電車はコロナ禍の第7波が心配される中ではあったが、ほぼ満員に使い状態であった。「社会的」にコロナ禍が終わりつつあることを実感する。

秩父で、最近、テレビでよく見かける小鹿野町がどういうところか実際に見てみたくて、秩父市に住む娘の車の運転で、秩父ミューズパークを抜けて、小鹿野町の奈倉地区にある「ようばけ」に行った。秩父ミューズパークの中の桜がいたるところで咲いており、綺麗であった。道路の法面もコンクリートブロックではなく、段々状の自然景観にあうように工夫がなされ、なかなか良い。

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ロシアのウクライナ侵攻 1ヶ月の動静

ロシアがウクライナに侵攻(2022年2月24日~)して、1ヶ月が経過した。いつの間にか、「コロナ禍」から「プーチン禍/戦時モード」に、メディア、世論がシフトしている。
日本の国会でも、ウクライナのゼレンスキー大統領がオンライン演説(3月23日)を行った。

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