日本の製造業現場力の構造的劣化の恐れにどう対処するか

日本メーカー、特に家電メーカー系の国内工場の閉鎖、人員整理が相変わらず続いている。退職を余儀なくされた方々のその後はどうなっているのか。技術者については、韓国、台湾、中国等のメーカーへの流出が言われているが、統計的には明らかにされていない。そうした中、韓国サムソングループを例にとって、日本技術者による日本の特許庁に出願された特許情報を分析した例が報告されている。

サムスンに多くの転職者を出した日本メーカーは?人財の流出問題を特許情報から分析する、日経ビジネスDigital、2013年06月06日版トップ

一方で、そうした縮退が続く中で残っている国内製造現場でいま何が起きているか。製造コスト圧縮方策の一つとして、2004年3月1日から改正労働者派遣法により、製造業への人材派遣が認められた。しかし、偽装請負の問題もあり、最近は、人材派遣業と分離した製造請負事業会社を持つ会社も少なくない。厚労省委託による「製造請負優良適正事業者認定制度」は、適正な請負・雇用管理を推進しようとするものである。製造請負では、メーカーは製造現場での指揮命令権限を持たないため、製造現場の製造管理、品質管理等は製造請負会社側の責任となる。

製造請負優良適正事業者認定制度」とは?【制度のあらまし】 「製造請負事業 優良適正事業者認定制度」(以下、「認定制度」)は、製造系請負・派遣等を業とする製造系人材サービス事業者会員で構成される「一般社団法人 日本生産技能労務協会」が事務局運営母体となる「製造請負事業改善推進協議会」が、厚生労働省委託事業として受託した委託費の交付を受けて実施しています。

しかし、MBO(Management Buyout)、EBO(Employee Buyout)、MEBO(Management and Employee Buyout)等のように、元々製造現場の工場が分離独立した製造請負会社は製造管理、品質管理等のノウハウを持っているが、人材派遣業者が製造請負事業者になって、製造現場を請け負う場合は、製造管理、品質管理等の専門家の支援がなければがその機能を果たすことは難しい。マスコミは、職人的製造現場の優秀さを喧伝しているが、世界の製造業のボリュームゾーンになっている領域では、すでに日本は競争力を失っているのではなかろうか。

たまたま、テレビで放映されていた台湾の半導体製造請負の専門メーカーTSMCは、世界一の製造技術を武器に世界の主要メーカーと台頭に付き合っている。請負側がセットメーカーに影響力を及ぼしている。今の日本に、このようなグローバルレベルで影響力を持つ製造請負事業者が存在していかどうかは定かではない。日本の場合は、製造請負というよりも、部品・部材メーカーや特殊加工メーカーとしてグローバルニッチトップ的な形での存在感を持つ企業が存在しているのではなかろうか。

また、卑近な例では、日本の産学連携の成果である木造住宅用制振ダンパーの生産を日本のメーカーに依頼しようとしたが生産ロットが小さすぎて請け負ってもらえず、結局、中国のメーカー(自動車バンパーの製造会社)に試作品づくりから依頼した。極めてスピーディに、日本メーカーも感心する技術的レベルでの仕上がりでの量産化に持っていくことが出来、市場に投入出来た。それも低コストで。もはや、日本の中だけで製造を考える時代ではないことを自ら体感したものである。

世界とのコスト競争力にさらされている関係で、製造現場へのコスト圧縮の要請が強く働き、その解決策の一つとして、人材派遣事業者系の製造請負事業者に製造委託される事が少なくない。しかし、コスト優先で受けた請負事業者側に単独で製造管理・品質管理等の専門家をリスペクトして受け入れるだけの体力はない。

さらに、製造請負する際も、ラインを分割した形で請け負うことが少なくないという。当然、分割して請け負った製造請負事業者は請け負った範囲でしか最適化責任を果たすしかない。つまり、ライン全体としての最適化の観点が欠落することになる。部分最適は必ずしも全体最適にはならないのは当然の帰結である。こうして、製造現場力の劣化が構造的に進むことになる。

一方で、日本は、団塊の世代の退職時期を迎え、日本メーカーの製造現場を支えてきた専門家が一気に現場を離れる状況にある。専門家はいたる所に存在する。その専門家のノウハウをどう承継するか。製造現場の製造管理、品質管理等はまさに経験知の積み重ね、集合知であり、貴重なノウハウである。こうしたノウハウを有する専門家を活用しない手はないが、現在の日本には組織を離れた個人は専門家といえども居場所がない。

そうした状況下において、専門家が海外メーカーに請われてその活躍の場を得ることは当人にとって喜ばしいことであるが、日本の国内製造現場力の維持・承継という観点から見た時、喜んでばかりいられない。専門家個人にとっても、製造請負事業者にとっても喜ばれる新たな仕組みの導入が必要ではなかろうか。

その一つの案として、日本国内の製造現場力の劣化を阻止しつつ、世界に伍していく製造現場経営を維持していくには、大手メーカーで育った製造管理、品質管理の専門家(群)をマネジメントする第三者的会社が窓口となり、国内発注メーカーと製造請負事業者の間を仲介し、ライン全体あるいは工場全体を一括してコンサル・指導する仕組みが考えられる。その費用は、ラインの製造請負事業者全体でシェアすれば良い。これは、ライン全体に対する製造管理、品質管理の維持・向上に係るコンサルティング・指導のマルチクライアント方式とも言える。この形態は、日本メーカーが海外進出する際にも応用できる。

これは、最近話題になっている㈱フォトクリエイトでも採用されている仕組みと基本的構造は同じである。契約カメラマン、街の写真屋さん、そしてエンドユーザが全てwin-winである。個人の専門家がプラットフォーム的マネジメント会社を通じて、個では出来ない活躍の場を得ている。

グローバル競争時代の日本メーカーの製造現場力を維持していくには、現場で培った専門知・経験知をいかに承継していくか、メーカー自身が時代構造の変化の流れを見据え、仕組みの再構築をするしかない。製造管理・品質管理の専門家も、リタイアしても埋没することなく、企業組織・業種・業態を超えて連携するなかで新たな価値創造が出来る可能性がある。では、いつやるか?製造現場に通じた専門家人材がまだ日本に存在する今しかない。