イノベーションは可能か  ~シニア専門家の存在価値~

日本の家電メーカーが軒並み赤字決算の様相を呈している。自前での液晶パネル生産にこだわったのが原因とされる。シャープは電子機器の受託製造で世界最大手の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業と資本提携(事実上の筆頭株主)した。

一方で、この液晶テレビに不可欠の素材「タックフィルム」(九州工場で生産)を世界のメーカーに提供(世界シェア7割強)している富士フィルムは絶好調だ。いまや、かっての主軸商品であった「写真フィルム」の売上は数%にすぎないという。2012年5月10日放送の「カンブリア宮殿」で古森 富士フィルムHD代表取締役社長は、その理由として、かっての世界の巨人コダック社に挑戦を続けてきたこと、考え抜くこと、そして、市場構造が激変する中で保有する技術の徹底的な活用(新たな商品開発)にあると言っていた。これはまさにイノベーションである。

創業132年でかっての技術革新企業であったコダックは自ら大成功した古い市場にこだわり、新しい市場(デジタル化)への対応ができなかった(イノベーションのジレンマ)が故に倒産(2012年1月19日米国連邦破産法11条の適用をニューヨークの裁判所に申請)に至った。そして、自らイノベーションできた富士フィルムは生き残った。

電機8社の決算まとまる 家電系3社の赤字1兆6千億円 黒字の重電系3社と明暗 電機大手8社の2012年3月期連結決算が11日、出そろった。主力のテレビ事業の不振でパナソニックソニー、シャープの家電3社は過去最大の最終赤字を記録。赤字額は計1兆6000億円と空前の規模に膨らんだ。一方でテレビなど不採算事業の整理をいち早く進めた日立製作所など重電系総合電機3社は最終黒字を確保し、「家電系」と「重電系」で大きく明暗が分かれた。 (以下略) シャープが台湾企業と資本業務提携 「自前主義」と決別、日本の「ものづくり」岐路に 2012.3.27 21:34 (1/2ページ)[合併・提携] シャープが電子機器の受託製造世界最大手の台湾・鴻海精密工業と結んだ資本業務提携は、日本のものづくりが岐路にさしかかったことを示している。今回、シャープと鴻海が共同運営することになった堺工場(堺市堺区)は「第10世代」と呼ばれる大型ガラス基板を世界で唯一採用する最新鋭工場だ。“秘中の秘”が詰まった工場を共同運営することは、「技術力で難局を打開する」としてきたシャープをはじめとする日本の電機メーカーの限界を暗示している。(古川有希、田端素央) (以下、略)

ところで、このような自らイノベーション(すなわちリスクテイク)していく企業が今の日本にどれだけ存在するのだろうか。明治維新の大変革期には、その後の財閥につながる企業が勃興した。政府と起業家・事業家が一体となってイノベーションを進めた。そして、第二次世界大戦の敗戦を境に、新たな産業勃興が起こり、トヨタ、ホンダ、ソニーといった新興企業が世界にチャレンジしイノベーションを起こした。

しかし、そうした企業も大企業となり、創業以来のチャレンジ精神はいまや感じられない。いわゆる「普通の会社」になっている。かってのリーダーが持っていた強烈な個性が消え、企業としての”らしさ”が消え、チャレンジ精神が失われているのではなかろうか。

例えば、ipodがなぜ、ウォークマンを創りだしたソニーから生まれなかったのか。小型化の得意な日本企業からなぜスマートフォンが生まれなかったのか。ロボット大国と言われる日本のロボットが福島原発事故においてなぜ、利用できなかったのか。日本の大企業は創業はともかく大規模化するとコーポーレートガバナンスが効きすぎて、リスクテイクできなくなる仕組みに自ら埋没する。「普通の会社」化である。

東日本大震災そして福島原発事故は、そうした戦後以来の流れに決別し、日本全体として改めてイノベーションする絶好の機会であったが、なかなかそうなりそうもない。いまでも、会社の「信用」は人や事業の中身ではなく、会社としての過去の実績であり、会社の規模(ストック)である。イノベーションを起こそうとするベンチャー企業に実績や規模(ストック)があるわけがない。信用がなければ資金が流れてこない。従来の延長線上での評価基準の仕組みのままではイノベーションは起きず、日本そのもののパッシングが加速し、日本全体がガラパゴス化しかねない。

この流れを断ち切るイノベーションを誰が起こしうるのか。かってのようなイノベーター(起業家、ベンチャー企業)は何処にありや。どのような仕組みが必要か。

イノベーションは創造的破壊であり、過去のしがらみを断ち切り、リスクテイクし前に進むしかない。減点主義、前例主義、形式主義、リスクトランスファー主義(要するにリスクを取らない)の組織・個人には期待できない。

それでは、今の日本において、知恵もあり、金もあり、リスクをとれる組織・個人が何処に存在するか。

つらつら考え、ひとつの結論に行き着いた。それは「知的シニア専門家層」である。退職した知的シニア専門家は経験知とそれなりの資産・年金がある一方で、子育てやローンは終わり、いわゆる負債はない。今日明日の食い扶持の心配がさほどない。つまり、リスクが取れるのである。そして、その数は今後ますます増えていく。

一方で、定年退職した知的専門家に対するリスペクトが低い日本では、知的シニア専門家の居場所はなく、海外に流出している。いまや、海外の方に熟練の技術があることも珍しくない。

この知的シニア専門家が自らの経験知に基づいて自ら判断し、税金という形ではなく、次代に向けてのイノベーター(起業家、ベンチャー企業)に投資(マイクロファイナンス)するのである。日本にはリスクマネーがないため、こうした世代間でのマイクロファイナンスによるリスクマネー供給には意味がある。もちろん、自らイノベーターになる道もある。最近の熟年起業の増加がそのことを物語っている。

今、日本には、転職希望者・追加就業希望者の中に 122 万人程度の起業希望者がいるとされている。就職する(雇用される)だけでなく、自ら雇用の場を生み出し、時代にあった業種への人材流動化を促す起業、ベンチャーの存在意義は国としてのダイナミズムを生む出す上で欠かせない。

税金(補助、投融資)によるイノベーションも政策としてありうるが、税金を使ってリスクが取れるか、あるいはそもそもリスクを取ることが許されるのか。それを誰が判断するのか。なかなか難しい。池田信夫氏の政府主導のイノベーションに対する否定的見方もある。

メールマガジン池田信夫イノベーションの法則」 (9)政府がイノベーションを生み出すことはできない 発行:2010年(平成22年) 06月7日 月曜日

こうしてみると、今の日本では、起業家、ベンチャー企業あるいは志のある中小企業が、知的シニア専門家のサポートを得ながら、国内外の大学・高専さらには海外企業と連携(オープンソリューション)しながらイノベーションを興していくのが最も可能性が高く、スピーディな道かもしれない。知的シニア専門家の存在価値は高い!

少々のリスクマネーマイクロファイナンス)と、経験知・技術を持っている知的シニア専門家の存在は、今後の日本の有り様を変える上で、極めて重要である。その存在価値を活かす民間主導でのイノベーションの仕組みがもっともっとあっても良い。税金を払うだけ、年金を貰うだけ、という状態から脱し、今後の日本の行末に貢献する知的シニア専門家のプラットフォームを創りたいものだ。