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[書評]フリーエージェント社会の到来

ダニエル・ピンク著「フリーエージェント社会の到来」、2002年4月、ダイヤモンド社

この著者はクリントン政権下で、ロバート・ライシュ労働長官やゴア副大統領のスピーチライターをした後、自らフリーエージェント宣言し、1年間、フリーエージェントを取材し、本著を著している。

著者自身が記しているように、これまでの経済社会を象徴し理解するキーワードは、フォーチュン誌の編集者だったウィリアム・H・ホワイトが著した「組織の中の人間」(1956年)でテーマとして取り上げた「Organization man」であった。この訳語を改めて”PDIC英辞郎”でみると「(個性を失った)会社(型)人間、組織順応者、組織人間、猛烈社員、組織作りの上手な人」とある。要するに、「組織で生きる人間」である。そして、本著がテーマとして取り上げているのが「Free agent」である。恐らく、本著がフリー・エージェントの古典となることを著者自身も意識していると思われる。

フリーエージェントは「雇用主であり、非雇用主であり」、企業から見れば「ジャストインタイムの人材調達を可能にする」存在であり、「フリーランス、臨時社員、ミニ起業家のいずれかに分類」される。「フリーランスは、特定の組織に雇われずに様々なプロジェクトを渡り歩いて、自分のサービスを売る」人を指し、「独立契約者(インディペンデント・コントラクター)」、「インディペンド・プロフェッショナル(高給取りのフリーランス)」、「コンサルタント(組織に雇われないで働く人全般を指す)」、「ポートフォリオ労働者(顧客先、仕事、役割のポートフォリオを有する働き手)」等々様々に呼称される。

「臨時社員」は、日本においてはその多くが”派遣社員”、”フリーター”と呼ばれ、人材派遣業者がその受け皿となっているが、人材派遣会社のコンプライアンス違反が後を絶たない。本書でも紹介されているまさに「テンプ・スレーブ(臨時社員奴隷)」状態にある。駅などで見かけるピックアップ場所に並んでいる人々を見ると胸が傷む。

「ミニ企業」は従業員が数人規模を指しているが、知的な仕事の世界においては、こうしたミニ企業が多く、かつその影響力は無視できない。日本の自営業(法人成りしていない個人の事業形態)に近いが、会社法により1円からでも法人格をとれるようになった今後は、ここでいうミニ企業、マイクロ企業が輩出する可能性が高い。いわゆる単なる”スモールビジネス”ではない。著者も「工業経済の時代に仕事と家庭が切り離されたが、フリーエージェント経済はそれを再び統合しようとしている。工業経済の時代になるまでは、夫婦はたいてい一緒に働いていた。インターネットの登場によりそうした夫婦の商売は必ずしも零細ビジネスとは限らなくなった」と指摘している。確かにその通りで、組織の規模の大小とビジネスの規模の大小が比例するとは限らないのが知識社会であり、IT社会である。

何れにしても、このようなフリーエージェントの占める割合についてみると、アメリカでは控えめに見ても「フリーランス人口1,650万人、臨時社員人口350万人、ミニ起業家人口1,300万人、合計フリーエージェント人口3,300万人、アメリカの労働者の4人に1人がフリーエージェント」と推計し、今後さらに増えるとみている。

そして、「フリーエージェントはアメリカの労働者の新しいモデルになり始めている。いま、アメリカで最大の雇用会社はGMでもフォードでもない。人材派遣会社のマンパワー社である」と指摘する。(因みにこのマンパワー社の2006年の全世界での売上総額は約2兆円で、日本での売上シェアは4.9%である:日経新聞2008年1月30日付け)

さらに、「大勢の個人を常に戦力として抱える固定的な大組織は、戦力が常に入れ替わる小規模で柔軟なネットワークに取って代わられようとしている」時代、「力の所在が組織から個人へ移行しはじめている」時代になりつつあり、「組織ではなく、個人が経済の基本単位になった」と時代の潮流をみている。

ところで、著者は「プロジェクト毎に俳優、監督、脚本家、アニメーター、大道具係などの人材や小さな会社が集まり、チームで仕事をし、プロジェクトが終われば解散する」ハリウッド(映画産業)における映画づくりのやり方「ハリウッド・モデル」を「フリーエージェントモデル」としているが、こうしたモデルは映画づくりの世界に限られるものではない。

日本においてはここでいうエージェント・モデルはいくらでも見られる。身近な例では、家造り。棟梁がいろんな職種のプロ(職人)を集めて家を造る。プロは個人・集団・組織(企業)何でも良い。そして、家が完成すればみんな別の新たな現場に移っていく。土木の世界も同じ。現場監督の下、いろんな職種が集まり工事を完成させていく。工事が終わればまた別の現場へ。SIの世界も同じ。プロジェクトマネージャーの下に、様々なところからプログラマーが集まる。つまり、職人型の業種は昔から伝統的にエージェント・モデルなのである。著者も「フリーランスやミニ起業家の中には、職人意識の強い人が多い」と言っている。

要するに、職人とはそれぞれの道において自立したプロであり、プロジェクト(現場)毎に離合集散をするのが常である。つまり、人とプロジェクトがすべてであり、組織にはそれほどの価値がなく、柔軟であることが重要となる。日本においてはこのような形態に法的な資格を与えたのが”有限責任事業組合(LLP)”である。

このフリーエージェント・スタイルは「単に働き方の問題に留まらず、ライフスタイルの(選択の)問題」である。確かに、いま日本でも”ワークライフバランス”が話題に登り始めているが、「フリーエージェントは家庭と仕事の両立ではなく、一体化」であり、「フリーエージェントにとって(定年)退職は不必要」なのである。当然ながら、フリーエージェントは「私たちの仕事と生活に関するこれまでの基本的な常識を塗り替える」ことになる。

「企業の寿命が短くなっているこの時代に、私たち一人ひとりの寿命は長くなっている。これからは、勤め先の企業より長生きするのが当たり前になる。ひとつの組織に一生涯勤め続けるなどということは考えにくくなる」という指摘には確かにハッとさせられる。先日もある外資系に勤めていた知人が”自分は会社を異動したつもりはないが、会社が合併・吸収され3回も所属している会社名が変わった”と言っていたが、確かに事実が認識より先行している。

マズロー的に言えば、「豊かな時代になって、人々が仕事に求めるものは変わってきているのに、多くの大組織ではそれに応えることができていない。いまや仕事の目的は金だけではない。人々は仕事に意味を求めている」ということになるが、これは20数年前、ある社会学者が研修の中でこれからは「意味社会になる」といっていたがまさにその通りである。

この「意味のある仕事のキーワードは、自由、自分らしさ、責任、自分なりの成功」ということである。「フリーエージェントにとっての自由とは、行動の自由、選択の自由、意志決定の自由」であり、別の表現をすれば「好きな時に、好きな場所で、好きな量だけ、好きな条件で、好きな相手と仕事をすることができる」ということである。

この究極の自由が「ありのままの自分でいられる自由」であり、「自分らしく自己表現する自由」ということである。これは「組織人」の世界とは対極にある。つまり、雇われずにフリーエージェントでいるということは「自分の看板で仕事をすることを意味する」ことであり、「ワーク・イズ・パーソナル(仕事は個人的なもの)」と著者は言う。

そして「責任とは、自分の生活の糧と評判を賭けて仕事をするということ」であり、「従来の労働者と市場の間に組織が存在し緩衝材になっていた」が、フリーエージェントは「市場(顧客)に直接責任を負っている」。その通りである。大組織では時に市場ではなく「組織内の政治」に関心事が集まることが少なくない。

こうしたフリーエージェントの世界においては、働く時間の概念も当然変わってくる。「フリーエージェントという働き方のメリットは、上司にスケジュールを管理されるのではなく、自分で時間を管理できることにある」というが、そうであるからこそフリーエージェントなのだ。一方で、「仕事とプライベートの境界線が曖昧」になり、「コンビニと同じで、完全にオフの状態になることはほとんどない」という。まさに、仕事とプライベートが一体ということである。

それでは、フリーエージェントは悩んだときに誰に相談するか。それは「同じフリーエージェントの仲間たち」で、「互助システムのサポートシステムが精神衛生上、必要」とのこと。「孤独感を解消するために会合に集まる」。しかし、その形態は「緩やかな連合」である。緩やかの意味は「明文規定を持たない、法的な存在でもない、非固定的、全員が対等な仲間」ということのようである。

緩やかな連合の具体的な例として、「フリーエージェント・ネーション・クラブ」「フリーエージェント連合」「起業家ネットワーク」「(同じ会社に勤めていたことのある)同窓会グループ」があげられている。例えば、フリーエージェント連合は、「一人ひとりが自分のミニビジネスを持っていて、必要なときだけ集まる。必要なメンバーが集まれば、カスタムメイドなチームができあがる。適切な人材を適切な人数、適切な時間に届ける」ため、「従来の会社よりも安価で優れた仕事ができる」という。「マホガニーの会議室もないし、お高くとまった個人秘書もいないし、企業の官僚機構のために支払うお金もいりません」とある連合体のwebで謳っている例もある。

この本で読んでなるほどそうであったのか思ったことが、スターバックスに対する見方である。「スターバックスフリーエージェントにとってオフィスとして機能している。スターバックス社はカフェラテ一杯の値段でオフィスを4時間レンタルできる事業用不動産ビジネスの会社だ」。著者はこうしたコーヒーショップ以外にも、コピー店(例えば、最近日本でも増えてきたキンコーズ)、書店に併設されている喫茶コーナー、エグゼクティブスイート(受付等各種サービス付きのレンタルビジネスセンター)、インターネット、大型オフィス用品店(日本ではアスクルのような通販が一般的)、私書箱センター(例えば、メールボックス・エトセトラMBE)、宅配会社の翌日配送サービス等々を「フリーエージェントインフラストラクチャー」と呼んでいる。

このようなフリーエージェントに係わる新しいビジネスの動きの代表例が人材関連ビジネスであろう。「大組織が支配する世界では金融資本が経済の最も重要な資源だったが、いま最も不足している貴重な資源は才能であり人材である」。当然、「資本市場と同じように人材市場の効率を高めるための新しいビジネスや専門職が生まれる」という。

「人材を求める人たちがいて、片方には売りたい商品や技能を持ったフリーエージェントがいる。この橋渡しをしているのが仲介業者=人材のさや取りビジネス」である。日本でいうところの”マッチングビジネス”という分野である。「オンライン人材市場」化も進んでいるという。そして、フリーエージェントのための「エージェント」。プロスポーツの世界においてはその存在が知られている。フリーエージェントの交渉力を高めたり、仕事をしたいフリーランスとサービスを買いたい顧客を結びつける手段がないというギャップを埋める役目を持つ。

そして、もっと重要なのが高齢化社会におけるフリーエージェントの位置づけである。「1.平均寿命が延びた 2.高齢者は働き続けることを望むよになった 3.高齢者は自分の好きなように働きたいと思っている 4.ベビーブーム世代が受け取る遺産はかなりの高額になりフリーエージェントして再出発するための軍資金はたっぷりある 5.高齢者にもインターネットが急速に普及している」等の要因により、技能を持った高齢のフリーエージェントの供給量は増える。一方、「供給面では労働力の不足という人口動態上の大きな傾向」がある。そして、「インターネットは高齢者の職業仲介所としての機能をもつ」という。

当然ながら、こうしたフリーエージェント社会に対して現在の法制度は対応できていない。大いなるギャップがある。医療保険、税金、年金、福利厚生、労働組合、・・・。著者は「将来は、いまのプロスポーツのようなシステムが一般的になるかもしれない。フリーエージェントたちは労働組合に加入し、組合を通じて裁定報酬を補償される一方で、多くはエージェントに依頼して交渉に当たらせ、もっと良い条件で契約を結ぼうとするようになるだろう」といっているがさもありなん。

さらに都市のあり方、住まい方にも影響する。「社会全体にとって、オフィスに出勤して働くというシステムは無駄が多すぎる。オフィスは1日の半分は空っぽで、家は1日の半分は空っぽだ。そして、人々は莫大な時間を費やして自宅と職場を往復して、道路を傷め、空気を排ガスで充満させている」という大いなる無駄、環境への悪影響を否定できない。こうした観点から、フリーエージェントにとって相応しいオフィスのタイプは「ホームオフィス」や「山小屋」であり、「ホームオフィス付きの住宅市場(特にリフォーム市場)」が生まれたり、「平均的な現在のオフィスは面積の8割が個人用のスペース、2割がミーティング用のスペースであるが、将来は個人用のスペースが2割、ちょっとした作業用スペース(フリーアドレス的)が2割、会議室などの教道スペースが6割」というようなオフィス設計が変わることを示唆している。

結論として、「これからは、もっと多くの人が独立を宣言し、仕事でも私生活でも、自分の運命を自分の手で切り開くようになる。他人に指図される生活から脱却し、自分の能力を存分に発揮できるようになる」と見通しているが、解説者の玄田有史が指摘しているように、「正社員」を前提に社会の仕組みが構築されれている日本においては「まずは宣言し、情報を発信し、自ら行動する。情報を発信する人に情報が集まる。大事なのは、夢を持つことではなく、行動すること」ということになるということだ。岡本太郎の「自分は迷ったら、必ず危ない方の道を行く。だってその方がおもしろいじゃないか」。肝に銘じたい。