「FREE」について考える

GWを利用して、クリス・アンダーソン著「FREE 無料からお金を生み出す新戦略」を読んだ。著者のクリス・アンダーソンは「ロングテール」という言葉を知らしめた人でもある。そして、今回の本著では「フリーミアム」なる言葉を世に出している。ロングテールamazon.comを、そしてFreeはGoogleを基軸に置いているものと思われる。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 著者:クリス・アンダーソン 販売元:日本放送出版協会 発売日:2009-11-21 おすすめ度:4.0 クチコミを見る

ロングテール(アップデート版)―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 (ハヤカワ新書juice)ロングテール(アップデート版)―「売れない商品」を宝の山に変える新戦略 (ハヤカワ新書juice) 著者:クリス アンダーソン 販売元:早川書房 発売日:2009-07 おすすめ度:3.0 クチコミを見る

本書のテーマは、「フリーの周辺でお金を稼ぐことがビジネスの未来になる」と著者本人が語っている。インターネットは「無制限の商品棚(ロングテール市場)」を可能としたが、それを可能ならしめたのがその商品棚のコストが「無料」であることであり、著者は20世紀型のフリーとは異なるインターネットによりもたらされる21世紀型の「フリー(無料で自由)」に興味を持ち、歴史を紐解き、未来を論じ、執筆し、本書自体の出版もフリー実験している。

本書では、語義的には「Free」とは「費用からの自由」という意味で用いている。そして、「Free」に関して次のような整理をしている。ここに本書のエッセンスがある。

●無料のルール〜潤沢さに根ざした思考法の10原則〜

  1. デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる

  2. アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない

  3. フリーは止まらない

  4. フリーからもお金儲けはできる

  5. 市場を再評価する

  6. ゼロにする

  7. 遅かれ早かれフリーと競いあうことになる

  8. ムダを受け入れよう

  9. フリーは別のものの価値を高める

10.希少なものではなく、潤沢なものを管理しよう

●内部相互補助の方法

  1. 有料商品で無料商品をカバーする。 代表例:特売品

  2. 将来の支払いで現在の無料をカバーする。 代表例:2年間の契約をすれば携帯電話機が無料

  3. 有料利用者が無料利用者をカバーする。 代表例:入場料が男性は有料で、女性は無料

●Freeのビジネスモデルの4類型

  1. 直接的内部相互補助:あるものやサービスを売るために、他の商品を無料にする。無料体験等

  2. 三者間市場:通常のメディアの基本(広告主が費用負担)

  3. フリーミアム:WEB上のビジネスの一般型。無料(95%)と有料(5%)のハイブリッド(5%ルール)

フリーミアムの4モデル

(1)時間制限(○日間無料、その後は有料)

(2)機能制限(基本機能版は無料、機能拡張版は有料)

(3)人数制限(一定人数以下は無料、それ以上は有料)

(4)顧客のタイプによる分類(小規模で創業間もない起業は無料、それ以外は有料)

  1. 非貨幣市場:無料の対価が非貨幣(注目、評判、満足感等)

補足)海賊版不正コピー>:フリーの強制

参考)巻末にはフリーを利用した50のビジネスモデルが掲載されている。

●有料、無料に次ぐ第三の価格(マイナスの価格)

・キャッシュバック、カード割引/ポイント、マイレージカード等

・逆さまにできるビジネスモデル

著者は、20世紀がモノの経済=「アトム(原子)経済」であったのに対し、21世紀は情報通信の経済=「ビット経済」/「デジタル経済」で、「インターネットの世界のコストは年50%近いデフレ率で、1年後には半分になる」、「毎年価格が半分になるものは、必ず無料になる」、そして「コストだけでなく、価格も無料にしてしまう」という。つまり、「20世紀のフリーは強力なマーケティング手法にすぎなかったが、21世紀のフリーは全く新しい経済モデルをもたらす」ものであり、「新しいフリーを理解する者が、今日の市場を粉砕し、明日の市場を支配する」と説く。要するに、お金と情報は逆に流れるものであり、通常のお金の流れを逆にしたり、価格について創造的に考えろ、ということだ。

確かに、インターネットは従来のビジネスモデル、リーディングカンパニー、さらには業態に創造的破壊を迫っている。従来型の経済理論、経営学理論、起業理論、マーケティング理論、価格理論、コミュニケーション理論、・・・は脱皮が求められている。事実が理論のはるか先を言っているといった方がいいかもしれない。

例えば、「今日、市場に参入する最も破壊的方法は、既存ビジネスが収益源としている商品をタダにすること」だとして、一例として、新聞広告に大きな影響を与えたクラシファイド広告(Creigslist等)をあげている。

無料と有料の間には大きな差があり、それは「心理的取引コスト」の問題であると指摘している。「無料にすれば、バイラルマーケティング(いわゆるクチコミを利用するマーケティング戦略)になりうる。1セントでも請求すれば、それは全く別で、苦労して顧客をかき集めるビジネスの一つになってしまう」。「フリーは、決断を早めて、試してみようかと思う人(潜在顧客)を増やす。コンテンツ制作者は自分の提供するものから料金を取ろうとする夢を諦めるのが賢明だ」という意見も紹介している。

さらに、著者は、「無料と有料」に関連する対比概念として、「希少と潤沢」、「時間とお金」をあげている。潤沢になったものはコモディティ化し価格は低下し、希少なものの価値は上がっていく。金がなくて時間がある人は時間をかける。お金がある人は時間を買う、リスクヘッジを買う。機械化され、デジタル化されたサービス・商品は無料化に近づくが、人間の限られた時間を消費する例えば講演は有料となる。つまり、この3つの対比概念を組み合わせれば、いろんな消費者のニーズに対応できることを示している。今や、「有料と無料が混在するハイブリッドの世界」ということだ。

本著で紹介されているミード教授の「複合学習曲線」はイノベーションが起こるごとに、それまでの希少なものが潤沢化され、学習曲線自体が一気にシフトするというものである。これは技術革新が起こるごとに市場が代わり、市場でのプレイヤーが変化するということにつながる。要するに、下手に予測/マーケティングするよりも「新しいものをどう使うかはユーザーが決めればいい」ということだ。想定外の使われ方、利用者が出てくることはよくあることで、特に素材系はそうだという話を先だっても小宮山弘前東大総長からも伺ったばかりだ。

さて、著者は、フリー時代の主役であるGoogleを引き合いに21世紀型経済モデルの誕生と称している。まず、Googleの新しいサービスは、「これはクールだろうか?」「みんなはほしがるかな?」「このやり方は僕らのテクノロジーをうまく使えるだろうか?」という問い掛けから始め、「これは儲かるか?」という質問からは始めない、と紹介している。つまり、現在は「WEBで起業した企業は、オンライン上のサービスを驚くほど安く提供できるので、ビジネスモデルを持つ前に、まずたくさんの観客を集めることから始めることは筋が通っている」という。

いまや「起業家は大きな金銭的リスクを負うことなく、またどのよにしてお金を稼ぐのかをはっきりわかっていなくても、大きな望みを抱いて大きく始められるのだ」と著者は主張する。そして、「人々が欲しがるものをつくりなさい」というベンチャーキャピタルのアドバイスも紹介している。しかし一方で、著者は「フリーを追求することは、正しい計算が出来ていない者には過酷な商売」とも言っている。とにかくやればいいということではない。著者は、フリーの周辺でお金を稼ぐメルクマールとして「100万人単位のユーザー数」という重要な数字を掲げている。

Googleが『分配の最大化戦略』(なにをするにもしても、分配が最大になるようにする。分配の限界費用はゼロなのでどこにでもものを配れる)と呼ぶ戦略が情報市場の特徴になる」と、Googleのシュミットは考えているとのこと。Googleのサービスはすべてインターネット広告(コアビジネス)の「補完財」であり、インターネット利用が増えれ増えるほどGoogle の収益につながる構造になっている。従って、Google は無料サービスを提供し続けるのである。本書の日本語版解説者は「Googleは他社のコンテンツを自身のビジネスに用いてきた訳で、フリーはユーザーに取ってのフリーあると同時に、Google にとってのフリーでもある」、「Creigslistも含め、コンテンツの仕入れはほぼゼロ」と喝破している。

シュミットは「すべてはユーザーをGoogle に関わらせることにかかっていて、それを実現してユーザーを獲得できれば、最後には収益化に繋がり、全体としてうまく回る」と語っている。Google では、「マネージャーは決して、儲からないからダメとは言わない」とのこと。ここにインターネットをベースとする事業活動の要諦がある。膨大なインターネットサイトに埋もれることなく注目を集め、サイトの価値が高まれば収益化の道は自ずと開けてくるというものだ。著者も「殆どの会社は収益化ではなく、注目を集めることに苦労している。それを解決しない限り、最大化の見返りは乏しい」と説く。WEB社会は、宇宙と同じように膨張し続けている。そのような膨張する世界で注目を集めるには、並外れて尖ったものが不可欠である。GoogleTwitterも、無料で、非常にシャープに絞ったシンプル機能で尖った提案をして注目を集めてきた。

著者は、無料化は有料提供者にとっては「非収益化」で破壊的であるが、「市場の効率性、流動性を高め、ひいては市場の機能を高める」無料化の効果を謳っている。事例として上げられているCreigslistは無料で毎月3000万件(最大手の新聞の1万倍)の広告を載せ、毎月5000万人が利用している。Creigslist自身にはほとんどお金が残らないが、クラシファイド広告市場の価値は飛躍的に上がっているという。フリーがひとつの産業を縮小させる一方で他の産業の可能性を切り開く。その理由が圧倒的な効率性であり、それゆえにフリーであることにあると理解できる。

同様の例として、百科事典があげられている。紙の百科事典のブルタニカがマイクロソフトの電子辞書エンカルタに市場を縮小され、そしいまや無料のWikipediaが席巻している。しかし、Wikipedia集合知と言う計測できない価値を大きく増やした。要するに「貨幣的価値が別の非貨幣的価値に再配分された」というわけである。

著者は「この戦略を採用する企業は、人々が欲するものをタダであげて、彼らがどうしても必要とするときにだけ有料で売るビジネスモデルをつくることだ。フリー(非収益化)は破壊的だが、その嵐が通った後に、より効率的な市場を残すことが多い」、「フリーと競争するには潤沢なものの近くで希少なものを見つけること」、「個別の解決策を必要とする人は、より高い料金を喜んで払う」、「無料で差し出すだけでは金持ちにはなれない。フリーによって得た、どのように金銭に変えられるかを創造的に考えなければならない」、さらに「テクノロジーにバブルはなく、確実にフリー化を押し進める。そして、不景気の時こそ、フリーの魅力は増す。お金が無いときにはゼロはすばらしい価格なのだ」、「不況の現在は、WEB上で企業した会社は、起業してすぐにお金が入ってくるビジネスモデルを考えなくてはならない。古くからあるモノやサービスを受ける当人から料金をとることだ。不景気の時こそ、ここにイノベーションの花が咲く。こんにちのWEBの起業家は、消費者が好きになる製品を開発するだけでは足りず、それにお金を払いたいと思わせなければならない」と説く。

つまり、非効率な市場で流動性が極めて低い市場ほど、このモデルは効果的だということになる。ここにフリービジネスのチャンスが潜んでいる。どこにそのような市場があるか。日本における最大の非効率市場は、官が規制している産業(業法がある産業)あるいは官業(独法公益法人等)が肥大化している産業ではなかろうか。ちなみに行政、官業は税金を介した『内部相互補助』である。この分野を民間主導のフリーミアムによるイノベーションを図ることは時代の流れにかなっている。

著者は面白い事実を紹介している。

・WEBに掲載される広告は、コンテンツの一部とみなされている。

・無料コンテンツはそれを再生する機器の価値を高める。

・フリー世代は著作権に無関心だったり、反発する。

Googleが売っているのは従来のメディアのようなスペース売りではなく、ユーザーの意志(検索という行動で表明したユーザー自身が表明した興味)そのものを売っている。広告の再定義(表明された欲求と製品を結びつける)をしている。企業は結果に対して料金を払う。マーケティング費用に応じて稼ぐことが確実ならばいくらでもマーケティング費用を出す。

・あなたのサービスに注目しているユーザーさえいればその注目を利用しようとする企業や個人がお金を払ってくれる。

本書では、フリーの世界を先導する業界としてオンラインゲームの世界を取り上げている。そこには驚くべき流れが紹介されている。プロダクト・プレイスメントエスクロー・サービス、サイト内で通用する仮想ポイント/通貨の発行、仮想世界の不動産取引ビジネス、オンラインとオフラインのハイブリッドモデル等々。そして、その真逆の業界として音楽業界を取り上げ、「業界はコンサートとグッズ販売の収入を最大化すべき」と提言している。

さらに、著者は重要な指摘をしている。すなわち、WEB社会は、「注目(トラフィック)や評判(リンク)を計測可能ならしめ、実体経済化してきている」という。要するに、従来の貨幣価値以外にインセンティブ価値(注目や評判)とも呼ぶべき「非貨幣価値」、そしてそれに基づく「非貨幣市場」が大きなウェイトを占め始めつつあるということだ。サイト内仮想ポイント/通貨、WEB「トラフィック」、Googleのページランキング、Facebookの「友達」、twitterの「フォロワー」等々。

ところで、「無料」によく似た概念に「贈与」がある。これはユーザー側が積極的に無料で提供するものである。本書では、その理由として、第一に「コミュニティ」、第二に「個人の成長」、第三に「助け合い」であるという調査結果を紹介している。そして、このように答えた人の多くは「熟練者」と呼ばれる人であり、仕事だけでは活かしきれないエネルギーや知識という「思考の余剰」という新しい概念を紹介している。「自己実現は仕事でかなえられることは少なく、自分が重要だと思う領域で無償労働することにによって、尊敬や注目や表現の機会や観客を得ることができる」「WEBがこうした非貨幣的な生産経済のツールを提供すると、突然に無料で交換される市場が生まれた)」等々。このような考え方は、まさしく、日本の超高齢社会を説明するに相応しい。

結局、無料の廻りにどれだけ希少なもの(思い出に残る経験、時間、・・・)を生み出しそこから有料対価を獲得するか、これがフリーミアムビジネスの要諦と言える。本書での「潤沢さ」と「希少さ」の対比表を下記に示す。この中で特に、利益プランの違いは20世紀型の思考の人にとっては理解し難いであろうし、資金調達も従前型の枠組みでは成しえない。しかし、アメリカではこうしたタイプの起業(資金調達)が成立し、日本ではなかなか成立しない。アメリカ生まれのコピービジネスしか担保にならない。ちなみに、著者は「中国とブラジルは、フリーの最先端を進んでいる」として紹介している。「中国は不正コピーに支配された国だ。不正コピーはコストのかからないマーケティング手法と考えている」「中国では模造品は別の価格帯の別の商品であって、市場が求めたバージョン化の一つなのだ」とも言っている。欧米型の知財権概念を超えた論理がそこにはある。


希少          潤沢


ルール        許されているもの   禁止されているもの

以外はすべて禁止   以外は何でも許される


社会モデル       父親主義      平等主義


利益プラン       ビジネスモデル   これから考える


意思決定プロセス   トップダウン     ボトムアップ


マネジメント方法    指揮統制      制御しない


何れにしても、インターネットがもたらしたビット経済は、フリーを基軸とした新しいビジネスモデルの到来をもたらしており、それに相応しい事業、組織のあり方、ひいては社会的な仕組みのあり方の見直しを要請している。傍観者ではなく、当事者としてその流れの中に身を置きたい。