元気な高齢社長

高齢者が元気である。特に、高齢者社長。

有名な高齢社長のトップは信越化学工業の金川千尋(かながわ ちひろ)社長。1926年3月15日生まれというからまさに大正最後の年(大正から昭和への移行はこの年の12月25日)に生まれ、御年83歳。増収増益を引っ張り、「先読みに理屈はいらない。市況が教えてくれる」と語る。「疾風に勁草(けいそう)を知る」という言葉を好む。この金川社長の営業の心得7箇条を以下に記す。出典は「信越化学金川社長の”営業幹部7つの心得” 8期連続最高益の秘密がここにある」(PRESIDENT 2003.3.31)。

第1条 易きにつくな 狭き門より入れ

第2条 困っている顧客を助け ファンにする

第3条 キーマンを見つけ 営業の効率化を図る

第4条 顧客のクレームこそ 天がくれたチャンス

第5条 最悪を想定し 保険をかける

第6条 数字に表れる前に 変化の兆候を掴む

第7条 営業に必要なのは 強い執念である

続いて、会長職から会長・社長兼務に転じ、陣頭指揮の最前線に舞い戻ったスズキ鈴木修氏。1930年1月30日(昭和5年)生まれの御年79歳。2009年3月2日放送の「カンブリア宮殿」にも登場した。「いかに人の意見を聞きながらディシジョンをやるか」等々を語る。精力的に現場を廻っている姿がメディアにたびたび登場する。

この両者に割ってはいる御年82歳の社長がいる。本人の了解を取っていないので固有名詞は伏せるが、接着剤メーカーのある分野における優良企業である。御年82歳。たたき上げで会社を創業し、すばらしい会社に育て上げ、いったんは80歳を前に社長を退き相談役になるも、去年の年末に再び社長に復帰したとのこと。いつまで社長を続けるかと伺えば、3年で立て直し、けりをつけたいと言う。つまり85歳までは体が持つ限りやるということだ。

なぜ、後継に選んだ社長を切り、自ら再登場したのか、その理由は「人の話を聞かない。部下の提案を聞かない」と言うことであった。「それでは、会社は持たない」「取締役はいつ首を切られても仕方がない。それぐらいの責任感を持ってやってもらいたい」。創業オーナー社長の会社に対する思い入れは強烈である。たとえ、自分が社長に据えても会社の行く末に問題ありと思えばスパッと切る。この辺の決断はやはりすごい。そういえば、ユニクロの柳井社長も同じようなことをしている。この辺の強力な思いは同じようである。

この人達に比べると少し若返るが御年72歳の高齢社の上田研二社長という方がいる。「高齢社」という名が示すとおりという入社資格が60歳以上75歳未満という人材派遣会社の社長である。定年はない。永年勤めてきた企業を「定年退職してもなお働く意欲がある人達に、年金を受けながら無理なく働き続けてもらう」ための受け皿として起こした会社であり、結果として形態的に「人材派遣会社」になったということである。現在の登録社員数は250人を超え、稼働率は70%に達している。売り上げも利益も毎年伸びている。

上田社長は「社員のリストラを敢行して経営再建や利益確保を果たした経営者が名経営者のようにもてはやされるのは私には実に腹立たしい」と言う。その原点は父親の失業による家族の貧窮を自ら原体験したことや、勤務先であった東京ガスの関連会社二社を再建した経験から来ているのだろう。

昭和31年春に愛媛県の高校を卒業後、東京ガス株式会社にガスメーター検針員として就職し、ガス関連業務を幅広く担当した後、平成3年に赤字続きであった子会社の株式会社ガスターに専務取締役として出向し黒字化し、さらに平成9年にはそのガスターの関連会社で経営不振に陥っていた東京器工株式会社に社長として乗り込み見事これも立て直した経歴を持つ。この東京器工時代に高齢社の設立を構想し平成12年に設立し、平成15年に東京器工の社長を辞した後、高齢社の社長に就任したという経歴の持ち主である。

この「高齢社」、最近はメディアにも数多く取り上げられ、第1回千代田ビジネス大賞の優秀賞も今年受賞している。「高齢社」という一度聞けば記憶に残る絶妙のネーミング・商標で、「上田研二」とともにいまやブランド化している。本人は平成12年にパーキンソン病を発症しているにもかかわらず、現在もほぼ毎日夕方から酒をたしなみつつ懇談し、ときには麻雀をやり、そしてインタビューや講演にいそしむという生活で、本人曰く「後期高齢者の狂い咲き」とのこと。

何れの高齢社長に共通することはやはり「志」があり、それをどこまでも追求していく「情熱」「思い」が強いということであろう。だから、体が動くのであろう。そして、意外なのがよく人の話を聞く、現場が好き、ということであろう。事業は前線の現場にこそ成長の糧があり、社内(コーポレート)や結果としての数字に成長の糧はないということであろう。然るに、最近の内部統制強化はそうした方向とは逆に、結果の処理に重点がいきすぎ、外に目が向いていない。内部処理に追われ、みんな疲弊している。どこかおかしい。

一方で、こうした高齢社長がいつまでも頑張っていなければいけない組織というのもどこかおかしい。尊敬されるような高齢社長ばかりではないからである。考えさせられる。後継を委ねる次のリーダーがいない、育っていない、社長の仕事は次の社長を見つけ育てることとよく言われるがそれができていない証左であろう。企業価値が将来の期待収益にあるとすれば、将来に期待を持たせる年齢の社長が輩出し続ける仕組みが不可欠である。組織的なリーダー育成、事業承継の仕組みがそこには必要である。

尊敬に値する元気な高齢社長に拍手を送りつつも、後継者づくりの仕組みがあればなあ〜と思わずにいられない。特に、創業オーナー社長、超実力社長の下でその配下の者はものを言いにくい。言えば、首が飛びからである。サラリーマンはそのような状況下ではリスクは取らないのが普通である。リスクを取るような元気のある者は社外に飛び出していく。

こうした弊害をなくす一つの方策が、直接の人事関係にない第三者を身近に配することである。社外取締役がその一つである。社外取締役の義務づけも議論されているが当然の流れであろう。代替案が、社長のNo.2的よろず聞き役、セカンドオピニオン的存在、そして社長と社員の仲介役、緩衝役としても機能する顧問、アドバイザーである。知的な専門家、実務経営の専門家の活躍の場がここにある。長寿・高齢時代にあった組織の運営・承継の仕組みを考えてみたい。そして自ら実践してみたいものである。