専門家の評価と責任 ~システム開発の失敗から思ふ~

システム開発について、時々、その失敗が話題になる。マスコミに流れず、内々に処理されている失敗例も数多く存在するであろう。昨年末(2011年12月24日)には、特許庁の次期基幹システム開発の中断、要するに開発失敗が発表された。 5年間に費やしたと報じられている55億円が無駄になるだけでなく、その間の特許庁側の人件費、さらにはその新システムの利用を予定していたユーザの機会損失、新システムで期待していた機能逸失による日本国としての社会的費用等々、莫大なものになる。 しかし、その損害賠償がどうなるかについてはどのメディアも報じていない。特に開発管理を30億円超で請けていたアクセンチュアはどう責任を取ったのか。

費やした55億円、水の泡に 特許庁がシステム開発中断 2012年1月24日22時2分 特許庁は24日、2006年から始めた新たな情報システムの開発を中断することを決めた。これまでに55億円の予算を投じたが、別のシステムを考える。枝野幸男経済産業相は「大変申し訳なく思う」と謝った。 新システムは特許の出願や登録に使い、中国の特許情報を調べられ、国際化への対応もねらっていた。開発の遅れで、特許を申請する利用者は、機能の低い古いシステムを使い続けることになる。特許庁は中国の情報検索などができる最低限のシステムに絞り、別の方式で開発する。 新システムの開発期間は06年12月から14年1月。設計を東芝ソリューションと、開発管理をアクセンチュアと契約した。 開発の遅れは、主に設計の不備が原因。特許庁は検証委員会を設け対応を考えてきたが、委員会は23日、中断を求める報告書をまとめた。業者が今までに作ってきた設計情報は、特許庁の別のシステム開発に生かしていくという。   [スクープ]特許庁、難航していた基幹系刷新を中止へ 2012/01/20 日経コンピュータ 特許庁が5年前から進めてきた基幹系システムの刷新プロジェクトを中止する方針を固めたことが、日経コンピュータの取材で分かった。当初は2011年1月の稼働を予定していたが、業務分析の遅れなどから要件定義と設計が難航。稼働を3年遅らせたが、立て直すことができなかった。 政府が策定したレガシーシステムの刷新指針に基づき、特許庁は2004年10月に「業務・システム最適化計画」を策定した。この刷新指針は、特定のITベンダーとシステム保守などを長期契約することによるITコストの高止まりを解消する目的で策定されたものだった。同庁はさらに、入札に分割調達の仕組みを採用して競争原理を働かせることを目指した。 要となるシステム設計とシステム基盤の構築については、東芝ソリューションが入札予定価格の6割以下の99億2500万円で落札した。ところがプロジェクトが始まると、現行の業務やシステムを理解した職員と技術者が足りない問題が表面化、進行が滞った。特許庁アクセンチュアと30億円超の契約を結び、同社にプロジェクト管理支援を委託していたが、それでも遅れは防げなかった。 特許庁のシステム刷新を巡っては、外部の有識者による「特許庁情報システムに関する技術検証委員会」が現在、プロジェクト継続の可能性を調査している。近々、同委員会が報告書をまとめる計画だ。システム刷新に携わる関係者によれば、報告書はプロジェクトの中止を促す内容になる可能性が高いという。報告書を受けて、特許庁はシステム刷新の中止を決めるとみられる。

このプロジェクトの失敗要因についてのブログ記事もすでに出ている。

特許庁の基幹システムはなぜ失敗したのか。元内閣官房GPMO補佐官、萩本順三氏の述懐 2012年1月30日 2012-01-30 真の問題は役所にITエンジニアが不足していること 1.IT技術の活用をイメージできず盲信している 2.業務モデル(フロー)設計の不慣れさ 3.プロジェクトマネジメントの問題 4.業務モデルは発注者の理解と覚悟の元作成する

このような失敗要因は官公庁だけの問題ではなく、産・官・学を問わず同じである。開発の受託者側のスキルの問題、プロジェクトマネジメントの問題も重要であるが、そうした開発会社を選定した事も含めて、突き詰めれば発注者に行き着く。発注者側に業務からシステムに繋げられる識見のある人、さらにはシステム開発そして運用管理までプロジェクトマネジメントできる人材がいないことが最大の要因である。 そうしたシステム開発を仕切れる人材が発注者側にいなければ、外部の専門家に発注者側に立ったPMO(Project Management Office)を委託するしかない。その委託した専門家が、上記の特許庁のPMOを請けたアクセンチュアのように30億円ももらいながら失敗・頓挫するに至るようなことでは専門家(組織)としてはなはだ問題であろう。この結果に対して、アクセンチュアが社内的にも社外的にもどう責任をとったかの報は見当たらない。 発注者側はシステム開発に限らず、発注担当者自身が失敗時における社内的立場のリスクを避けるため、「名前の大きい」会社を選ぼうとする。しかし、開発規模の大きなもの、難しいもの、新しいもの等々は会社の規模ではなく、実際に携わる者の資質に大きく左右される。その見極めが難しい。「会社」という看板ではなく、専門家「個人(群)」としての能力、キャリアをチェックするしかない。 しかし、わが国の多くの専門家は組織に属している限り、個人としてではなく、所属する組織(会社)の評価の方がより重視され、個人の評価が前面に出ることは少ない。本来、専門的業務あるいは専門家は組織よりも、本人の実績ベースで評価されるべきであり、そうした個人のキャリア、第三者的評価が見える仕組みが必要である。 USAでは、LinkedInがそうした機能を果たすプラットフォームとして利用されているが、日本にはまだそうしたソーシャルな専門家個人を対象としたプラットフォームシステムは存在していない。 特に、シニアの専門家が大量に組織からリアタイアするこれからの日本においては、組織を離れた専門家個人としての居場所を用意し、存在を明らかにし、プロジェクトベースでその専門知、経験知を活かすプラットフォームづくりを急がねばならない。

<li>《追加情報》 その後、この事案をフォローする下記の記事が出ている。

政府システム調達、失敗の本質

日経コンピュータ

55億円無駄に、特許庁の失敗

2012/12/10 浅川 直輝=日経コンピュータ
出典:日経コンピュータ 2012年7月19日号</li>