1.ITSとは
1-1 ITSの概念・枠組み
昨今、EV、自動運転、ライドシェア等が話題になっているが、その背景に「ITS」というコンセプト、政策、事業があることは関係者以外にあまり知られていない。ITS関係者も研究者・開発者が若返り、かっての経緯をしらない方々も増えているように思われる。
そもそも「ITS」とは何か。ITSは「人と道路と車両を情報通信技術でネットワーキングした新たな社会システム」であり、英語表記は「Intelligent Transport Systems」、日本語表記は「高度道路交通システム」である。なぜ、「Transport」が「道路」なのかはその由来による。
資料:国土交通省で使用されていた当初の説明図
ITSの由来
「ITS」という用語は、1995 年に横浜で開催された第2回ITS世界会議において、当時、日米欧各国において進められていた自動車に係るTelematics(移動体通信による情報サービス)や自動運転を目指すIntelligent Vehicle(知能自動車)等のシステムを包含する概念として、日本から提案され定着したものである。
従って、ITS という用語自体には明確な定義はないが、その呼称使用に至る経緯から、一般的に、道路交通の分野における情報通信技術を活用した各種システムの総称といわれている。
名称からは、陸・海・空すべての輸送手段(Transport)に係わるシステムを意味するようにみえるが、日本では、それまでの経緯から道路交通に係わるシステムを指すものとされてきた。
出典:博士論文 ITS の歴史分析に基づく日本のITSの推進方策に関する研究 小出公平(元 トヨタ自動車)
ITSの最も身近な事例の一つが高速道路/有料道路のETC(自動料金収受システム)である。高速道路/有料道路の料金収受はETC導入前は料金所ブース内の料金収受員を介して料金(現金)のやりとりがされていた。料金所施設は、それまでは土木分野の世界であったが、ETCカード・車載器・路側アンテナによる双方向の無線通信による移動しながらの課金システムが導入されたことにより、金融分野、通信分野、セキュリティ分野にまたがるintelligentな社会システムに変容した。
従って、ITSは単に「道路」という土木分野に留まらないため、5省庁が関わっている。省庁間の関係部署の人事交流もなされている。
ITSの主要な構成要素である「自動車」は国際市場で取引されるため、国際的な協調と競争の環境整備が不可欠となる。そのために、EC、USA、日本を三極とする推進体制が構築され、毎年、「ITS世界会議」が開催されたり、関連する世界的な基準・規格の調整・設定のためにISO(国際標準化機構)にITS分野の専門委員会(TC204)が設置され、活発な活動が行われている。
1-2 ITSの経緯 <ファーストステージ>
ITSは、1973年に通産省がCACS(自動車総合管制システム)の取り組みを開始したのが最初とされている。その後、他省庁でも類似の取り組みが開始され、1995年の「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」を受け、「道路・交通・車両分野における情報化実施指針」として「9の開発分野」の決定がなされた。翌年度(1996年度)の予算で初めて「ITS」が予算計上され、「VICS」(渋滞や交通規制などの情報をリアルタイムに送信しカーナビなどに表示する情報通信システム)のサービスが開始された。
そして、ITSが本格的に進展する契機となったのが関係5省庁でとりまとめた「ITS推進に関係する全体構想」(1996年7月)[とりまとめ役は建設省道路局]であった。「20の利用者サービス」をはじめ、とりまとめに当たっては省庁間の難しい調整が続いたがこれが策定ことにより、翌年度から「ITSモデル地区実験構想」(岡山県、高知県、豊田市、岐阜県、警視庁)がスタートし、地方展開への下地づくりとなった。
その間に、日本全体を対象とするレベルとしては初めてとされる「日本ナショナルシステムアーキテクチャ」(中間報告)がとりまとめられ、ITSがコンセプトからシステム・技術レベルへと進化した。
これを受け、インフラとしてのITS仕様の検討が開始され、1999年3月に最初のETC路側機の調達が開始され、ETCの実装・サービス開始が始まった。ETC路側機の調達に当たっての入札は、従来の土木事業者ではない電気メーカー主導の競争入札となり、その最初の落札価格が関係業界で話題となった。いずれにしても、この年がITS市場元年(検討開始から26年)といえ、ここまでの期間がITSの「ファーストステージ」である。
コラム:阻止棒について
車両が通過する出口に阻止棒を設置することについては、リスク(阻止棒が車に当たる)の観点から設置に反対もあったが、「通行料は1円たりとも取り逃さない」という話もあったとのことで結局は設置された。加えて、安全対策とは云え、レーン通過速度が時速20kmに制限されている。当時、すでに導入されていたシンガポールのETCには阻止棒はなく、時速100kmで通過していても問題はなく、料金を支払わずに通過した自動車もナンバープレートの画像が残っているので追跡できるとのことであった。
参考:ETCレーンのあの棒ってホントに必要!? なかったら渋滞阻止できるんじゃないか説 2022年6月30日 ベストカーWeb
1-3 ITSの経緯 <セカンドステージ>
2004年、産学官及びユーザーなど、我が国の ITS 関係者による「2004 ITS推進会議」が開催され、「ITS推進の指針」を策定し、「ITS2004年名古屋世界会議」、「2005愛知万博」で発信され、ITSの普及に向けた「セカンドステージ」に移行する。具体的には、ETCやカーナビの普及、自動運転レベル 3 の乗用車の市場化等があげられる。
この期間のトピックとして、平成21年度(2009年)に、ITSの普及・実装のエンジン役になっていた国土交通省道路局所管の道路特定財源が一般財源化されたことが特筆される。
資料:ITS JapanのHP掲載図に加筆
1-4 ITSの経緯 <次世代ステージ>
2014年に、次世代ITSに向けて「官民ITSロードマップ」(内閣府)が策定され、現在に至る新たなステージに入っている。そして、2021年9月1日に日本のデジタル社会実現の司令塔としてデジタル庁が発足してから、それまでの供給者目線から、利用者目線にITSの方向付け・アプローチへとシフトされてきている。デジタル庁がとりまとめた「デジタルを活用した交通社会の未来」は明らかにそれまでとはトーンが異なる。
出典:デジタルを活用した交通社会の未来 2022年8月1日 デジタル社会推進会議幹事会決定 デジタル庁
そうした背景に、技術的な進化を受けての「CASE」、仕組み的進化を受けての「MaaS」の登場があげられる。この両者が相まって、「Smart City」が具現化してくる。
参考
ITSによる未来創造の提言(2013年10月 ITS Japan)
「官民ITS構想・ロードマップ」振り返り(2023/05/31 デジタル庁)
ITS長期ビジョン2030(2009年3月 ITS Japan)