コロナワクチン開発のイノベーション

世界での新型コロナワクチン接種が180カ国で約30億回、1日あたり約3,850万回に達し、ワクチン接種先行国では感染拡大のスピードが落ちてきている。立ち遅れていたわが国においても、ワクチン接種がようやく本格化し、2021年6月19日時点で、2回接種完了者率は7.0%となっている。7月末までには、高齢者への接種完了が見えてきた。オリンピック開催に向けて、感染力が強いとされてデルタ株(インド株)への置き換わりとワクチン接種の競争となっている。

 
世界のワクチン接種状況  

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日本のワクチン接種状況  

 一般的なワクチン開発には、10億ドルから20億ドル超の費用と、早くて2年、最大10年程度の期間がかかるとされ、今回の新型コロナワクチン開発においても、少なくとも数年先になるといわれていた。それが、これほどの短期間(半年)で95%の有効性を有する新型コロナウィルスワクチンが開発・供給されたことは、まさにコロナワクチン開発のイノベーションと云える。

ファイザー社にみるイノベーションの源泉

ファイザー社の開発経緯にみるイノベーションの源泉は以下の2点に集約される。
1.まず、第一が大手企業(ファイザー社)とベンチャー企業(ビオンテック社)のスピード重視の連携である。イノベーション論で云うところの「新たな結合」である。

  •  両社は仮契約状態のまま、WHOに先んじてパンデミックの見通しをもち、ワクチン開発を6ヶ月で開発・供給しようとする意思決定をした。
  • 財務的には高リスクになるが、複数のワクチン候補を同時並行で進めるといいう開発方法をとった。しかも、研究者がお役所仕事に追われて時間を浪費するのを避けるため、政府からの資金援助を断ったとのこと。そして、それらを取締役会が承認した。
  • ワクチン開発と並行して、ワクチン製造(承認前から製造開始)・デリバリーの準備(低温のまま輸送・保存でき、かつ遠隔地からも内部の温度を確認できるGPS追跡装置も備えたケース)を並行実施(7月までに完成)していたとのこと。

2.第2には、mRNAという新しい技術を導入したこと。
ビオンテック社とmRNA研究開発については 新型コロナワクチン開発〜トルコ系ドイツ人夫婦の軌跡 さいたま記念病院 が詳しい。

ファイザー社CEOは、今回のワクチン開発で学んだこととして6つの学びを挙げているが、その中の次の2点は民間企業ならではの特徴として挙げられる。

  • 3つ目の学びは、「正しい目標に向けた壮大なる挑戦は組織を活性化する」ということ
  • 4つ目の学びは、「巨大な目標を掲げた時は、それを実現するために必要な『従来の常識を破る考え方』をするよう働きかけねばならない」という点だ。過去にうまくいったやり方では、新しい現実にうまく対処できない。

「最高に困難な課題にぶつかるまでは、自分たちにどれほどのことができるのか、誰にもわからないものだ」との言は納得である。
出典:ファイザーはなぜ驚異のスピードでコロナワクチンを開発できたのか 不可能を可能にした6つの要因 アルバート・ブーラ :ファイザー CEO 2021.06.10 Harvard Business Review 

モデルナ社に見る米国のイノベーションの源泉

ワクチン開発に先行していたモデルナ社は、ファイザー社とはややその開発経緯・スタイルが異なる。モデルナ社のワクチン開発は米国そのものの戦略によるところが大きい。

  • 米国では「ワープスピード作戦」と称し、約100億ドルを使って、ワクチンの開発から量産までを支援する施策を進めており、その一環として、モデルナは米国政府から9億5500万ドルの投資を受けた。

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補: どんなに時間がかかっても、政府から承認を受けて販売できる見通しがなければ、製薬企業はワクチンの製造に踏み切れない。このためワクチンの実用化には長い年月がかかり、過去最短で実用化されたワクチンでも開発に4年を費やしている。ワープ・スピード作戦では、こうしたハードルを越えるため、米国政府が有望視するワクチン候補の開発事業体に巨額の先行投資をする。承認直後にワクチンを配布できるよう、最終治験と並行してワクチンの製造を始めるのだ。ワープ・スピード作戦では、ワクチン接種に必要なさまざまな資材の確保も着々と進めている。
出典:米国の「ワープ・スピード作戦」とは コロナワクチン開発へ、トランプ政権の命運かけたギャンブル? 2020/8/20(木) 9:12配信 

  • ワープスピード作戦の支援先としては、前述のファイザーに加え、アストラゼネカやメルク、ジョンソンエンドジョンソン等が名を連ねている。
  • モデルナ社は、創業3年目の13年の段階で、mRNAワクチン等の開発でDARPAの補助2,500万ドルを受けていた。

要するに、国家としての安全保障投資の一環としてワクチン開発を位置づけ、パンデミックという非常時に国がリスクを取り、ワクチン開発を進めたことがイノベーションにつながっている。

補:mRNAワクチンやDNAのワクチンが軍に適しているのには、理由がある。これらのワクチンでは、抗原タンパク質の遺伝子情報をRNA(リボ核酸)やDNAに組み込んで注射する。細胞内で抗原タンパク質が合成され免疫反応が誘導される仕組みだ。製造過程での感染リスクが低く、遺伝子情報さえ分かれば1カ月前後で開発でき、化学薬品と同じ要領で化学合成を通じて量産できる。ただし投資をすれば、設備には維持管理の経費がかかり始める。
臨床試験の第1、2段階くらいまで進めておけばよく、いざパンデミック(世界的大流行)が起きたら、種の近い病原体のワクチンを応用して最短で大量生産・投入できる
同じmRNAワクチンでも、モデルナとファイザーでは相違点がある。具体的には、モデルナの場合、温度変化に弱いmRNAを維持するため、2~8度の冷蔵保存で7日間、6か月の保管にはマイナス20度の環境が必要になる。ファイザーではさらに、マイナス70度の環境を要するので、医療インフラが整わない地域には配布が困難になるリスクが指摘されている。

出典:モデルナとはいかなる企業か? ワクチン開発競争が示す、製薬業界の大転換 2020/12/02 ビジネス+IT 
出典:日本が「ワクチン開発競争に負けた」納得の理由 あまりに鈍感すぎたこの国の感染症対策 
参考:モデルナの特許、米国防総省研究部門が調査-英紙FT 2020年8月31日 6:21 JST Bloomberg 

日本における最近の動き

上記したように、ワクチン開発・供給を国産ベースで行うには、平時からワクチン研究を行い、非常時には開発・生産・供給のスピードを上げること、そして非常事態が収束したあとの維持の負担を軽減する仕組みを組み込んでおくというエコシステムが必要である。こうした発想に基づいた省庁横断型の国家プロジェクト「ワクチン開発・生産体制強化戦略」が2021年6月1日に閣議決定された。

ワクチンは、外交上の武器にもなり、アジアを治験国・供給先と考えることは日本の新たなイノベーションを興すことになると思われる。実現を期待したい。

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出典:コロナで遅れた国産ワクチン開発、体制整備の柱「デュアルユース」確立なるか
2021年06月15日 ニュースイッチ 日刊工業新聞