[書評]テーマで学ぶ日本古代史 政治外交編

本書は、「古代史」の研究者の高齢化を憂え、「これから新たに日本史を学ぼうとしている人たちに、古代史の魅力を分かり易くテーマごとに伝え」、「日本古代史を学ぼうという志を持った学生があらわれること」を最大の目的としている。そのために、執筆陣も、「『新古代史の会』に集う中堅・若手の研究者を中心にして、古代史の魅力と最新到達点を紹介」せんとしている。

このため、テーマ毎に、近年の成果を含めたレビューがされ、論点提起(研究方向の提示等)が行われ、入口としての参考文献が示されるというアカデミックな構成となっているが、歴史好きな一般人や、コロナ禍によるステイホームで物事の本質・由来をじっくり考えてみたい人には面白いのではなかろうか。

なお、「日本史学の政治史的区分では、摂関政治期までを古代」とのこと。(本書 「5 前九年合戦と後三年合戦」より)確かに、摂関政治の入口までに留まっている。

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Ⅰ ヤマト王権の政治と社会

「1 古代王権の成立」は、「4世紀以降から律令国家が成立する7世紀末まで存続した」ヤマト王権の成立・展開を古事記日本書紀の批判的検討の成果も含めて論じ、Ⅰ編の序論的位置づけにある。
「2 古墳時代後期の社会」は、「古墳」の成り立ち、地域社会(集落)との係わり等について、最新の研究成果を紹介している。ところで、古墳時代を規定すると云う「前方後円墳」の写真・図が「前円後方墳」に見えるのは何故か、全方が上向きの写真・図を見かけないのは何故か、子供時代からの疑問にコラムで教えて欲しかった。

「3 氏姓制と部民制」は、それぞれの定義の成り立ちと研究上の論点とその展開が整理されている。「氏姓・部称を持たないのは皇室・王族だけではなく、賤身分も」そうであり、「氏姓を持つ臣と部称を持つ民をあわせた百姓(ひゃくせい)層が身分標識となる」との記述が興味深い。皇室はいまだ姓(名字)を持たないが、百姓はいつのまにか「農」という一つの部になってしまっている。
「4 大化以前の地域支配制度」は、国造制・県主制・ミヤケと地域との関係に焦点を当て、支配制と土地利用制に絡むこれらの用語の概念規定の明確化が大きな課題と指摘している。土地利用制に関して現代的表現をすれば、制度空間と物理空間の2種類についての概念規定が錯綜しているようである。何れの分野においても、用語そのものの概念規定が重要であることに変わりはない。
「5 推古朝と聖徳太子は、蘇我系の推古天皇蘇我系王族の代表者厩所(聖徳太子)、そして蘇我馬子を中心とする推古朝の権力者の推移と、そこでなされた外交と各種の制度設計について言及している。厩所の死去が政務的バランス崩壊を惹起したとあるが、こうしたことは現在にも通じることである。
「6 大化の改新は、その歴史的評価の推移を整理している。特に、1954年来の難波宮の発掘調査による成果による再評価の展開は興味深い。こうした新たな事実に基づく歴史的事案の見立て(解釈)が歴史学の面白さなのかもと勝手に思量する。
「7 壬申の乱天皇制の成立」は、壬申の乱を、①畿内政権中枢の質的変化(旧来の中央豪族の地位の失墜)、②軍事動員体制(地方の実力で中央政府を打倒)、③法の支配・人の支配(制度優先の一律的支配志向)の視点から読み解き、かつ、「天皇」の成立(要件)を解いている。現在の組織経営論の古代史版を読んでいる感じがする。

Ⅱ 律令制度の成立

「1 律令は、国の仕組みの基本法である「律令」について、その定義、成り立ち、構成について、近年発見された「天聖令」の成果も踏まえて、丁寧に解かれている。中国律令を模したといえ、7世紀後半の短期間で日本式の「律令」を編纂し施行できたと云うことは国力が底上げしていなければできないことではなかろうか。
「2 律令官制の成立」は、律令が成立すると云うことはそれを執行するための官制もまた成立していることであり、そうした律令と官制の関係と経緯を整理している。
「3 貴族と奈良時代の変遷」は、奈良時代の政変(ここでは、皇位承継、太上天皇天皇の軋轢、貴族層内部の抗争に分類)研究の成果と課題について整理している。政治的権力獲得に係る争いは人間の性(さが)なのだろうか。
「4 女帝と王位継承」は、昨今の女系天皇論を背景(参考参照)に読むと、なかなか興味深い。政府の政治的会議体と関係のない第三者の学問的な立ち場からの研究総括を読んでみたいものである。
参考:皇室典範に関する有識者会議 「歴代の女性天皇について」 
「5 遣唐使は、教科書に記載されている常識的理解に対する論点提起をしている。これは、ある意味で国際交通史(海路・陸路)であり、確かに「巨視的な視点」をもって、「書かれなかった史実について思いをめぐらせることによってこそ歴史の全体像に迫ることができる」との指摘はその通りだと思う。書かれなかった史実を埋める力量は如何にして養われるか、聞いてみたい。
「6 王宮・王都の形成」は、歴代遷宮から王宮・王都の定着の流れが記載されている。これは、現在に至る都市・土地利用計画の走りであり、土木計画学を学んだ者としては興味深い。資器材の調達を含めた土木・建築技術の背景があればもっとわかり易いかもしれない。さらには、奈良の明日香から京都の平安へと何故宮都が北へ移っていたのかも知りたいところである。

Ⅲ 平安時代の政治と外交

「1 古代豪族から貴族へ」は、その道筋を最新の研究成果を踏まえて描き出している。そして、「かっての摂関政治のイメージではなく、律令国家から中世国家へ向かう一つの国家システムして如何に位置づけるかが今最大の論点として浮上してきている」と云う。そこには、律令と「動かぬ都」の存在が大きく影響している。地方の在地に居する豪族が「都市に移住する」という変化は確かに古代から中世への象徴的変化かもしれない。
「2 平安時代の政変と摂関政治の成立」は、桓武天皇死去後の皇位継承を政変とともに、そして最終的には「摂関が常置」されるまでを解いている。藤原家と天皇系図が入り交じった流れは生々しい権力争いの流れでもある。
「3 古代国家のエミシ支配政策」は、国郡制が施行されなかった東北地方の居住者(エミシ:蝦夷)を支配しようとした国家の政策を整理している。結果として、国家に取り込まれたエミシ(俘囚)に対するその後の移配政策にはなんともいえない思いを抱く。
「4 軍事制度の変容と承平・天慶の乱は、律令制下における軍事制度の変遷を解いている。はじめて知ることも多く、興味深い。
「5 前九年合戦と後三年合戦」は、「日本史学の政治史的区分では、摂関政治期までを古代、11世紀以降の院政期を中世」としているが、その境目に起きた「前九年合戦と後三年合戦」、そしてその間に起きた延久蝦夷合戦の背景・経緯を史料や研究成果を編みながら読み解いている。時代の変わり目にはやはり何かが起こるようである。
「6 平安時代の外交」は、研究成果を微妙に表現した教科書との関係が記述されており、興味深い。加えて、外交を中国に限らず、「東アジア」「東ユーラシア」と云う規模でみることによって歴史像は転換すると解く。当時は、現代的な意味での「外交」というよりも「交流・往来」の方が理解し易いのかもしれない。

 

読み終えて判ったことがある。テーマ毎に、何度も何度も同じ時代が登場する。歴史の「時代の流れ」を縦糸とすれば、「テーマ」を横糸とし、レビューや論点を編み出している。更に云えば、テーマそのものが編者の論点提起かもしれない。それをテーマ毎の執筆者が、「個性」をもって応え、読者に論点提起し、誘っている。「誘う」と云う観点からは、訴求する筆力が問われる。「文は人なり」と編者も記している。

さらに、テーマに対する社会システムズアプローチをしていると感じた。つまり、歴史的事象・事案を理解するには、文献史学、考古学に留まらず、政治史、法制度・仕組み史、交通史(海上、陸上)、都市・土地利用史(宮都、まち場、市場、農場)、技術史、文化史、外交史(国際関係論)、宗教史、美術・工芸史、戦史、そして外部環境としての気候史、災害史等を考慮しなければ真の理解は難しいと思われるが、そうした方向でのトライをしていると感じた次第である。膨大な資料成果、研究成果に対してそうした多面的理解を行うには各分野の成果のデータベース化とそのオープン化、そしてAIの活用といった取り組みも必要かもしれない。

最新の研究成果を織り込んだ歴史書を読むと、入門書と云えどもなんとなく新たな視座を得た感じがする。特に、現在の行き詰まった社会、そして今後常態化するであろうwithコロナ時代に向けて、その原点ともいえる日本の古代史を今一度学び直し、今後を考えることが、今まさに求められている。さる方に数年前に教えられた古事記序文(上表文)の「稽古照今(けいこしょうこん)」を想起した。