令和の年金騒動

金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書 「高齢社会における資産形成・管理」が令和元年6月3日に公表されたことに端を発し、「年金」に関する議論が再び勃発している。この金融審議会のオブザーバーには、財務省厚生労働省日本銀行も入っており、データ提供を始め、内容は当然、承知していたはずであるが。

 

従前からの周知の事実

この報告書の「はじめに」のなかで、「本報告書の公表をきっかけに金融サービスの利用者である個々人及び金融サービス提供者をはじめ幅広い関係者の意識が高まり、令和の時代における具体的な行動につながっていくことを期待する。」と記載されている。期待とは別の形での「問題」というか「騒動」が起こり、審議会委員・事務局はとまどっているのではと推察される。

そもそも騒動のきっかけとなった「約2,000万円=収支不足額5万円/月×12ヶ月×30年」は今回、急に出てきた話ではなく、従前より、常識的な話として流布していた。手持ちの資料で確認できる範囲においてさえ、6年半前の2012年12月6日付けの新聞で報道されている。新聞で報道されるくらいなので、当然それ以前から関係者、行政においては検討されているはずである。いまさら、何でという感じで受け止める方々も多いのではないか。

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高齢者の二極化

そもそも、国民年金(第1号)のみの受給者は、厚生年金(第1号)受給者と比べ、平均年金月額が厚生年金受給額分(14.5,万円)の差がある。つまり、国民年金のみの方は不足額が約7,200万円(収支不足額約20万円/月×12ヶ月×30年)という額になる。国民年金のみでは、そもそも、定義にもよるが高齢者貧困(最低限の生活に必要な約13万円/月未満の収入者)にもなる。

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 ▼高齢者の27%が貧困 年収160万円以下、5年で160万人増 高齢者の「貧困率が高い国」日本4位、NAVER まとめ、更新日: 2017年09月16日
 
加えて、非正規雇用の方々(全体の37.3%:2017年総務省労働力調査)や低賃金の業種も少なからず存在するなど、全体の給与水準や退職金水準が低下している状況下では、「100年安心プラン」(2004年の年金制度改革)で現役世代の所得と連動する仕組みとなった年金給付水準は、当然、少なくなることが予想される。


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 出典:非正規雇用の割合は37.3%と高水準 : 定年後も働く高齢者が増加、nippon.com、2018.04.16  

 

一方で、企業年金個人年金の加入者は、公的年金にこの企業年金個人年金が上積みされる。さらに、持ち家者は賃貸者に比べ、負債も少なく、支出に余裕がある。現役時代の所得水準が年金生活時代になってもそのまま相似形で反映され、その格差は維持されるということである。

○20歳以上65歳未満人口に対し、企業年金個人年金の加入者の割合は、25.0%
○ 厚生年金被保険者に占める企業年金個人年金の加入者の割合は、38.9%
出典:金融審議会市場ワーキング・グループ「高齢社会における資産形成・管理」報告書参考資料(案) 令和元年5月22日 金融庁

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出典:経済構造分析レポート – No.31 – 変貌する高齢者家計と次世代への課題 世代間連鎖する格差は政策によって克服できるか、大和総研、2015 年8月7日

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  上記の3図表の出典:平成29年 国民生活基礎調査の概況 Ⅱ 各種世帯の所得等の状況、厚生労働省
            https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa17/dl/03.pdf

 

大半の人々にとって、まさに不足分を補うべく「生涯現役」を続けるか、生活保護を受給するか、厳しい時代が予想されます。それを社会全体として、どう仕組みとして対応していくか、目先の選挙対策でどうこうする問題ではない。

資産形成をどうするか 

収入の伸びが期待できない40、50歳代以降に於いて、リスクを伴う投資的資産運用は現実的ではない。ましてや、退職金で投資(株式、公債)や自宅(新築購入、建替)に現金を費消することはその後のリスクを高めることになる。

金融審議会報告書が云うような投資を奨励するのであれば、就学期(小・中・高校生時代)に金融リテラシーを高める教育を行い、高校卒業時には、人生の収入カーブや支出カーブを知り、ファイナンシャル・プランナー(FP)3級レベルの知識を取得しておくようにする必要がある。選挙権が生じる年齢で、現実社会の仕組みを知りことは不可欠と思われるのだが。

下記の図に、期待収入曲線、住宅ローン返済・住宅資産価値減少曲線を追記してはじめて、この図の意味する資産曲線の妥当性、意味合いが明確になるのでは。

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出典:金融審議会市場ワーキング・グループ 「高齢社会における資産形成・管理」 報告書参考資料(案) 令和元年5月22日 金融庁


その上で、リスクがとれる若い時代から、個々人のリスク判断の下に投資、資産形成の実践・経験を積み重ねるべきで、いきなり、現時点のシニア層にそうした対応を云っても遅きに失している。現状、60歳代で2000万円の貯蓄保有者は、わずか22.3%にすぎない。

● 貯蓄額が2000万円以上保有している割合
 年代別では29歳以下0.3%、30歳代2.5%、40歳代7.6%、50歳代14.8%、60歳代22.3%、70歳代18.6%、80歳以上18.1%となっている。」
● 無貯蓄の割合
 29歳以下15.3%、30歳代14.5%、40歳代17.3%、50歳代14.8%、60歳代14.1%、70歳代15.0%、80歳以上13.9%と、いわゆる40歳代の氷河期世代で無貯蓄世代の割合が一番高くなっている。

出典:金融庁「老後資金2000万円」報告書に目新しい事実はない、WEDGE REPORT、2019年6月13日

 

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出典:平成27年版 高齢社会白書(全体版) P.18、内閣府

最大の投資である住宅の資産化を

日本の一般的な国民の生涯を通じての最大の投資は住宅取得である。しかし、その最大の投資であり、維持修繕(追加投資)しながら住み続けてきた住宅資産が、築20年もたつと資産価値がゼロになるような住宅政策、住宅供給・流通市場はおかしいと云わざるを得ない。可処分所得/消費水準を縮減させ、金融資産に投資できない最大の原因がここにある。

住宅は消費財ではなく、手入れをされ長く住むほど、住宅としての資産価値が維持・向上するのが本来である。住宅が市場価値を持ち、金融資産化しやすい状況ができれば2,000万円の金融資産の保有は現実化する。昨今の住宅・不動産業界のトップ企業の建築基準法違反による住宅・アパート等の供給姿勢、さらにはそこに流れ込む住宅金融等々、資産寿命を云々するなら、こういう個人の資金収支の太宗のところに言及して欲しい。

冒頭の金融審議会の報告書において「長寿化に伴い、資産寿命を延ばすことが必要」と記載されているが、この「資産」が金融資産(株式、公債)に偏りすぎている。大半の国民がかなりで比重で収入を住宅資産の取得に投じたにもかかわらず、住宅資産の資産寿命には触れられていない。不都合な事実、未来に対して、政治家も国民も、そして専門家、行政、メディアも冷静にソリューションを求めていかないと、この国の未来は危い。

似たような例が、総人口減少・少子高齢化問題つまりはいわゆる地方創生問題もいまになって急に問題になった話ではなく、20世紀末頃からの21世紀展望の中で指摘されていた。人口関係の予測値ほど確かなものはなく、予想通りに総人口が減少し、少子高齢化、そしてそれに伴う高齢独居世帯の太宗化、要介護者の上昇、空家の拡大、所有者不明土地の拡大、ひいては産業・企業のグローバルレベルでの成長・進歩からの遅れ、等々、人口・世帯数縮減に伴う社会的活力低下・歪み拡大が目に見える形で顕在化してきて、「世間」が騒ぎ始めたと云うところではなかろうか。


長命時代における人生の豊かさ、well-being の向上からみた暮らし方、その実現に必要な資産(財)、その資産(財)の獲得・蓄積方法、そして公的支援(年金等)の仕組み等、絡まり合う多様な社会的仕組みの見直しが到来している。そこには、事実の把握と共有に基づく多様な視点からの検討、議論が不可欠である。昨今の騒動をみるにつけ、いろいろ別の意味で考えさせらる。