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お伊勢参りと高速道路

2007年12月29日、30日と伊勢神宮へバスツアーで行ってきた。集合場所である川越駅前を8:00に出発。総勢44名とのこと。長距離バスは20名程度乗ればペイすると聞いているので、十分ペイする企画となっている。

川越ICで関越道に入り、鶴ヶ島JCTで首都圏中央連絡道に、そのまま八王子JCTを経て中央道へ、そして土岐JCTから東海環状道へ、さらに豊田JCTから伊勢湾岸道へ、そして四日市JCTから東名阪道、伊勢道を経て、伊勢西ICで降り、15時過ぎに伊勢神宮の外宮に到着。江戸時代には約15日を要した旅程がいまや約6時間余。

この間、実に7つの高速道路の路線を一般道路に降りることなく乗り継いだわけであるが、これは圏央道東海環状道という大都市圏の外縁部の環状道路が整備され、都市間高速道路が連結されたおかげである。計画図では知っていた路線を実際に走り、感慨深いものがある。おかげで、首都圏から伊勢神宮まで高速道路でつながっていることを今回初めて知った。現代版お伊勢参りの道がいつの間にか整備されているのである。これはもっとアピールして良い。

伊勢神宮2さて、伊勢神宮のお参りは外宮(豊受大御神を祭る豊受大神宮)から内宮(天照大神を祭る皇大神宮)というのが正式らしく、まずは外宮である。平民であるわれわれは外宮の正殿を外からお参りする。伊勢神宮は20年ごとにすべての建造物(宮、橋等)や神事に使う道具(装束、神宝)等を作り替えること(式年遷宮)は知っていたが、そのための移設用地(遷宮敷地)が現建物のすぐ横にあることは始めて知った。眼前にみて良く理解できる。次回の式年遷宮は平成25年で62回目とのこと。天武天皇が制度化し、持統天皇の時に690年に第1回目が行われ、中世期以降120年以上の中断もあったとされる。62回×20年=1240年で、約1300年の歴史を有するとの伝もほぼ計算と合う。

伊勢神宮1回の遷宮で約1万本の檜、屋根に葺(ふ)く萱は2万3千束が使われるとのことで、それぞれ8年前、10年前から調達し始めるということであるが、その量からしてさもありなん。木づくりや神宝・装束づくりの文化、宮大工等職人の伝統技術の伝承に大いに貢献している。

この檜の調達は、現在は主に長野県の木曽地方の国有林からなされているようであるが、次回の遷宮では約700年ぶりに神宮「宮域林」から約2割が調達出来る見通しという。これは宮域林の植林計画の実践のおかげであるとのこと。そして、遷宮の際の旧材は全国の神社に供されたり、宇治橋の鳥居となり、さらに次々と転用される。人工的であるがある種の生態系といえる。まさに、「持続可能な仕組み」づくりが伊勢神宮をプラットフォームとして、式年遷宮をエンジンとして展開されている。見事である。

ところで、建物の屋根にある補強材で神明造りの象徴である千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)は、外宮は千木が外削ぎ(切り口が垂直方向にある)、鰹木が9本に対して、内宮では千木が内削ぎ(切り口が上空を向いている)、鰹木が10本となっている。こういうところは事前に説明を聞いておかないと気がつかない。

1日目は外宮だけで終わり、ホテルに着く。ツアーのタイトルには「憧れの○○ホテルに宿泊・・・」と書かれていたが、どこが憧れかよくわからない。ふつうのビジネスホテルといったところで、大浴場も温泉ではない。温泉風に露天風呂をつくってはいたが。ユニットバス・洗面ルームも変な臭いはする。テレビの映りもいまいち。今時あんなテレビでは・・・。食事も牡蠣で有名な的矢湾のほとりに立っているのに出てこない。松坂牛の近くにいるのに肉も出てこない。何の取り柄もない食事である。

さて、翌日は朝7:00からのバイキングを食べて、8:00にホテルを出発し、まず行ったのが真珠店。ツアーの採算をあげるためと時間調整をするために組み込まれているのだろうが、殆ど意味がない。真珠養殖を始めたミキモトならまだしも。しかし、真珠は1玉30〜50万円出さないと本当に良い真珠はないということは分かった。色も白、黒だけでなくゴールドもあることは分かった。

伊勢神宮3そのあと、9:30過ぎに朝熊山金剛證寺(こんごうしょうじ)に行く。この朝熊山が「あさまやま」とは読めない。室町時代神仏習合から伊勢神宮の鬼門にあたる丑寅(北東)に位置する金剛證寺が伊勢信仰と結びつき、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」とされ、入山者が増え伊勢・志摩最大の寺となったようである。

ちょうど雪が降り始める。寒い。しかし、寺の売り子の人に聞くと、本来はこんな寒さではないという。「われわれが一番地球温暖化の影響が分かる」と言う。聞けば、「庭にある池の水が2,3年前から凍らなくなった」というのである。そういえば、諏訪湖でも同じような話を聞いた。確実に地球の温度が上昇しているのである。お寺で地球温暖化という言葉を聞くとは思わなかった。大あわてで甘酒をテイクアウトしてバスに乗り込む。300円はちょっと高い。ちなみに、この後行ったおはらい町の白鷹の甘酒がここより美味しくて200円、その他の店では160円で売られていた。

次はいよいよ内宮である。普通は内宮だけという人が多く、外宮、内宮そして金剛證寺の三箇所をお参りする人は少ないという。今回はそういう意味で本格的なお伊勢参りとなっている。それだけに御利益があるといいのだ。年末ジャンボ宝くじの当選発表が楽しみである。途中のSAでもご利益に預かろうと新年お年玉宝くじを勝った。

伊勢神宮4さて、内宮は外宮と異なり凄い人混みである。お参りする際のお清めの場所も、ここでは自然の五十鈴川の流れで手を清める。天皇家五十鈴川で手を清めるらしい。




伊勢神宮5内宮の正殿をお参りする。ふと見ると、さらにその内側の門の前で一人の男性が神官に見守られてお参りしている。金と地位の差か、くやしい。ちなみに正殿は四重の弊に囲回れているとのこと。千木と鰹木の違いも確認。確かに外宮とは形と数が違う。納得。神馬にも、鶏も見ることが出来た。何となく全体に皇居と同じ雰囲気がする。歴史を考えれば、皇居が伊勢神宮に似ていると言うべきか。歴史といえば、やはり、敷地内の木々の神々しさであろう。何故、木々のすばらしさに神々しさを感じるのか、生命力のなす技か。

伊勢神宮10

伊勢神宮9





伊勢神宮8

伊勢神宮7








お参りを終わり内宮を出るとすぐに「おはらい町」がある。「おかげ横町」はこのおはらい町の一角にある。ツアーご推奨の予約した昼食をとるが、そのあとのおはらい町の散策で失敗と気づく。おはらい町をあちこち散策しながら食べた方がよっぽど良かった。このおはらい町は伊勢神宮という歴史に会わせて新たに創られた観光通り、おみやげ屋どおりであるが、なかなかのものである。このような町づくりは大いに参考になる。銀行も郵便局もそれらしく建っている。名物だった赤福のお店もあったが、無期限営業禁止処分のお詫び状を張って閉じていた。その前での記念撮影が最近の人気とのこと。ああ無情!

13:15に伊勢神宮を後にして、帰路につく。往路と同じ道を帰る予定であったが、中央道が雪のためどうなるか分からないというので、豊田JCTから東名道経由で帰ることになる。さらの御殿場当たりの渋滞が激しいとのことで、富士ICから西富士道路を経て、国道139号に降り、そして河口湖ICから中央道に戻る。この間が意外とスムーズ。このルートは今度、自分で運転するときに走ってみたい。中央道はカーブしながら縦断も変化するので事故を起こし易く、自分で運転する場合はあまり走りたくないので、良いコースを知った。中央道に戻ってからは往路と同じコースを返る。渋滞もなく、予定よりも約1時間早く川越に20:00に無事到着。

伊勢文化と道路文化とを知らされた2日間の旅路であった。

いよいよ明日は新年、年明けには明治神宮にも行こう!