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福島原発事故の影響下にある塩原温泉郷で思ふ

2012年7月13日(金)から14日(土)にかけて塩原温泉郷(栃木県那須塩原市)に行った。塩原温泉郷は今回初めて行った。東北自動車道西那須野塩原ICで降りて程近いところにある温泉郷である。那珂川に至る箒(ほうき)川沿いに11湯が点在する1200年以上の歴史を持つ温泉郷で、泊まったホテルはこの11湯のなかの一つで塩原温泉郷の中心である「古町温泉」界隈のホテルである。

昼過ぎに着いたので、ホテルの近くにある蕎麦屋さんでそばを食す。店内は雑然としてるが、この店の主人がなかなかの世話役(実際この界隈の商店街の役員をしているとのこと)でいろいろ教えてくれる。食後の散策ルートを教えてもらう。さらに話を伺うと、7月が温泉街としては一番暇になるので、塩原温泉郷では7月にお盆を済ませてしまうとのこと。そのような理由でお盆の時期が設定されている所を初めて知った。そして、福島原発事故でピタっと観光客が減り、往時の2,3割程度で、去年よりも今年のほうがひどいとのこと。トテ馬車が街の通りを流しているが客が少なく、なかなか経営が厳しく、なり手が続かないと嘆いていた。宿泊していたホテルグループのバスの運転手によると、頑張っているホテルであるがそれでもお客は半減し、従業員も半減とのこと。

蕎麦を食した後、近くにある「塩原もの語り館」那須塩原商工会塩原支所の運営らしい)に行く。この館の入り口には毎日の放射線量が告示されていて、みると「0.17マイクロシーベルト」とある。普通の地域と比べると1桁オーダーが高い。さらにあとで聞いたバスの運転手さんの話によると、このあたりよりも関谷地区のほうがもっとホットスポットになっているとのこと。やはり、気流の関係とのこと。街全体に福島原発事故の影響が色濃く出ている。こうした観光地の逸失利益の損害賠償はどのようになっているのか、知りたいものだ。

[caption id=“attachment_776” align=“aligncenter” width=“560”]もの語り館 入り口に置かれている放射線量の告知 もの語り館 入り口に置かれている放射線量の告知[/caption]

 

塩原もの語り館の横に箒川に架けられている「紅の吊橋」を渡り、箒川沿いに整備されている「塩原渓谷線歩道」を歩く。紅の吊橋を渡り少し歩いたところに「もみじの湯」という無料の露天風呂がある。通りすがりに目をやると、若い男女と、この2人には関係の無さそうな中年の2人が入浴していたので、混浴露天風呂であろう。

[caption id=“attachment_777” align=“aligncenter” width=“560”]塩原温泉渓谷歩道案内板 塩原温泉渓谷歩道案内板[/caption]

 

さらに散策路を歩き、街の通りに出てすぐのところに「妙雲寺」がある。800年以上の歴史を持つ臨済宗の古刹とのこと。境内の立派な木々にその歴史を感じる。

ひと通り観た後、「塩原温泉湯っ歩の里」に行く。入場料金200円の市営施設である。メインは左右30m、全長60mの回廊型足湯である。底には様々な石があり、足裏のツボを刺激するようにできている。ここの案内人がまたまたいろんなことを教えてくれる。右半分の足湯の温度は36度、37度、38度。左半分側は39度、40度、41度とのこと(記憶まちがいもしれない)。途中で湯を湧出させ、温度を替えてある。そして、回廊の中心部に間欠泉があるが、これは機械式の人工であり、自噴ではないとのこと。そしてすごいのが、この施設を約5億円かけて立てたとのこと。自慢は、回廊部の上部にある梁が分厚い集積材を曲げて作っているとのことだという。こういうことができるのは日本にも1,2社しかないとのこと。そう言われて改めて建物を見るとたしかに集積材の梁が弧を描いている。金をかけている。

[caption id=“attachment_769” align=“aligncenter” width=“560”]湯っ歩の里 全景 湯っ歩の里 全景[/caption]

[caption id=“attachment_772” align=“aligncenter” width=“560”]湯っ歩の里 入り口全景 湯っ歩の里 入り口全景[/caption]

[caption id=“attachment_773” align=“aligncenter” width=“560”]湯っ歩の里 入り口にある看板 湯っ歩の里 入り口にある看板[/caption]

[caption id=“attachment_770” align=“aligncenter” width=“560”]湯っ歩の里 右側(低温部)足湯回廊 湯っ歩の里 右側(低温部)足湯回廊[/caption]

[caption id=“attachment_771” align=“aligncenter” width=“560”]湯っ歩の里 弧を描く集積材梁 湯っ歩の里 弧を描く集積材梁[/caption]

 

この案内人に、この界隈で観るべき観光場所は何かと聞くと、「妙雲寺」と温泉と言う。そして、もの語り館で売っている高原野菜も良い、大根やカブが美味しいとのこと。

特に妙雲寺の天井を見て欲しいという。戊辰戦争時に幕府軍がこの地を焼き払い会津に逃げる際、妙雲寺も焼き払うところを、天井に描かれている菊の御紋に×(バツ)をして焼かずに行ったとのこと。幕末維新時の歴史の痕跡がそこには残っていると言う。先ほど行った際に、境内のどこにもそのようなことを説明したものはなかったが、これは観て確かめるしかない。

足湯施設から外に出て庭にある飲泉堂で温泉を飲んだ後、歴史の痕跡を確認するため、再び妙雲寺に向かう。本堂の天井を見ると確かに、天井の格子のあちこちに×(バツ)が書かれている。歴史に触れ、感動を覚える。せっかくなので、凌雲寺の境内の階段を登り上に行く。墓地があり、蕎麦屋の主人に聞いたお盆らしき参拝者が来ている。

[caption id=“attachment_785” align=“aligncenter” width=“560”]妙雲寺 由来 妙雲寺 由来[/caption]

[caption id=“attachment_784” align=“aligncenter” width=“560”]妙雲寺 本堂天井のバツ書き 妙雲寺 本堂天井のバツ書き[/caption]

 

さらに、高原野菜を買いにもの語り館に行く。しかし、売り切れていて残念ながら無い。朝なら確実にあるというので、明日、朝食後来ることにする。

ホテルに帰り、夕食の前に温泉大浴場に浸かる。ここの温泉は無色透明である。温度も適温である。

翌朝、貸切露天風呂に入る。夜中に降った雨もあがり、緑が映える。さらに内風呂の温泉に入る。大露天風呂は修理中で入れなかったが、ホテル内の3種類の温泉に浸かることができた。

朝食をとった後、昨日買いそびれた高原野菜を買うためにもの語り館に行く。大根とカブ、そしてかぼちゃを買う。時間があるので、そこに買ったものを預けて、箒川沿いの歩道を昨日と逆の源三窟の方向に向けて散策する。ついでに、源三窟を観るが、全長50mで大したことはない。秋吉台秋芳洞、高知の龍河洞を見た者からすると、物足りない。700円は高い。

[caption id=“attachment_786” align=“aligncenter” width=“420”]源三窟 人物相関図 源三窟 人物相関図[/caption]

 

トテ馬車に乗ってホテルに帰りたかったが乗れずに歩いてホテルに帰る。トテ馬車に乗る仕組みがよくわからない。ホテルについて、帰りのバスを待ち、昼過ぎに出発、夕方、自宅につく。

今回、たまたま入った蕎麦屋の主人、湯っ歩の里の案内人、そしてバスの運転手の話を聞いて、この人達こそがコミュニケーターなんだと得心した。そこには「物語り」があった。ホスピタリティがあった。マーケティング手法の一環としてこうしたことの重要性を理論としては理解していたが、今回、改めてそのことを体感した。

そして、福島原発事故の影響。今回、福島原発事故の影響下にある温泉街に来て、改めて福島原発事故の影響を実感する。確かに、事故は終わっていない。影響も回復していない。

新たな歴史としてきちっと語り継がねばならない。アーカイブの仕組みが必要である。

現地に来る前に、それなりに関係サイトを観たが、いつも思うことであるが、案内サイトが的を得ていない。ユーザー目線というか、ユーザーとの対話で作られていない。SNS時代にあったコミュニケーションの仕組みづくりが必要である。

今回もまた、色々教えられ考えさせれた旅であった。