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役者絵師東洲斎写楽そしてプロデューサー比較考・蔦屋重三郎と遠藤実

History 催評 展評 島倉千代子、千昌夫、三船和子、藤原浩、

NHK番組の「浮世絵ミステリー 写楽 ~天才絵師の正体を追う~」(2011年5月8日(日) 午後9時00分~9時49分)を見た。

東洲斎写楽は阿波藩(現徳島県)の能楽師の齋藤十郎兵衛であるということ、そして蔦屋重三郎のプロデュースにより、身分をあかせないため「東洲斎写楽」でデビューしたが、人気が出ず、あっという間に作風が代わり(代えさせられ)、段々と紙質も、サイズも、刷りの質も落ちていったとのこと。TV番組らしからぬ論理的な展開・帰結の番組であった。

そして、5月19日(木)東京国立博物館で開催されている特別展「写楽」を観に行った。この特別展は当初は、平成23年4月5日~5月15日の会期で準備が進められていたのが、3月11日の東日本大震災の影響により、5月1日~6月12日に変更になっている。

「寛政6年(1794年)5月、江戸大芝居三座に取材した豪華な大判雲母摺りの役者大首絵28図を一度に出版し、華やかにデビューを果たした東洲斎写楽。翌年正月に忽然と姿を消すこととなりますが、その約10ヶ月(寛政6年は、閏11月が含まれます)の間に、写楽は140図以上の版画を残しました。 それらの作品は、題材となった歌舞伎の上演時期により、制作時期が四期に分けられています。 本展覧会では、約百四十図、約百七十枚の作品によって、写楽版画の全貌を紹介します。」

「雑感ノート」というブログで図録と合わせ詳細な紹介がされている。

さて、特別展であるが、平日の午後にもかかわらず結構な人手である。いわゆる「写楽」をイメージするものはわずか10ヶ月の活動期間の第1期に集中している。この第1期の作品は、それまでの役者絵の常識を打ち破る「創造的破壊」の感がある。しかし、第2期、第3期、第4期と写楽らしさは消え、印象に残るものはない。NHKの番組が指摘してことに納得する。写楽は現代風に言えば、「一発屋」とも言える存在だったのかもしれない。

特別展の展示を見ていて気づいたことに、国内所蔵版よりも海外所蔵版の方に上質で保存状態のよいものが多いということがある。写楽の作品価値を理解できず、一発屋で終わったため、海外に良い作品が流出してしまったものと思われる。残念である。

さらに、展示物を見て気づいたものに、今でいうガイドブックのようなものが展示されていたが、それはまさに現在の漫画と全く変わらない。日本のマンガ文化の歴史を感じる。

何れにしても、当時もこうしたクリエーターの使い捨ては激しかったらしい。すべて、版元次第とのことである。版元は今風に言えば「プロデューサー」。東洲斎写楽を発掘し売りだしたのは「蔦屋重三郎」。

蔦屋重三郎とは、VOGUE によれば、「18世紀後半、安永・天明・寛政期の江戸に登場した浮世絵の喜多川歌麿東洲斎写楽、戯作の山東京伝狂歌大田南畝(なんぽ)などを巧みに売り出し、花形スターにした人物。江戸吉原の人気ガイドブック『吉原細見』の独占出版や謎の絵師・写楽を発掘したりと、今で言うところの敏腕プロデューサー」とのこと。

特別展「写楽」を観て、眼と足が疲れたが、そのまま中野サンプラズに向かう。18:30開演の「遠藤 実 メモリアル・コンサート」を見に行くためである。 島倉千代子、三船和子、千昌夫、藤原浩の出演者構成。さすがに島倉千代子もかっての声は出ない。聞く方が神経を使う。千昌夫は謳う不動産王を経てなかなか味のある雰囲気をだしている。

遠藤 実は演歌の世界であるが、この世界は内弟子制度があり、千昌夫の壇上のトークによると、内弟子は常にひとり。千昌夫は一節太郎のあとに内弟子になったとのこと。三船和子も内弟子。そして、藤原浩は最後の内弟子とのこと。こうしてみると、遠藤実は、作曲家ではあるが、演歌歌手を育て売り出すプロデューサーといえる存在かもしれない。

たまたまであるが、時代を超えて、名プロデューサーの残した文化に触れた一日であった。浮世に消えるものではなく、こうした時代を超えて評価されるモノあるいは人・知・文化を生み出す仕組みを造り残したいものである。