読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

計画段階での行政訟法そして司法の重み

昨日(2008年9月10日)出された最高裁の判決がメディアに取り上げられている。浜松市遠州鉄道遠州上島駅の高架化に伴う土地区画整理事業計画(市が計画決定)に反対する地権者が計画の取り消しを求めいていた訴訟に対して、地権者の提訴を認めるというものである。

その判決の要旨の詳細はこちらに詳しいが、要するに、土地区画整理事業の計画決定段階で、計画に反対する地権者には計画決定の取り消しを求める訴えの権利を有するというものである。これは、論理的に見て至極当然の権利と思われるが、これまではこうした計画段階での訴えの権利は認められていなかった。最高裁の今回の判決は、これまでのそうした姿勢の判決を自ら変更するものであり、判決文にも「これと異なる趣旨を言う最高裁の1966年の大法廷判決と92年の第3小法廷判決は、いずれも変更すべきだ」と記されている。

これは行政が決定した事業計画に対して事業着手前の段階において違法性を争える道があることを明らかにしたものであり、従来のなし崩し的な事業計画の決定、進捗による事情判決の惹起を避けうる可能性を大きくするものであり、「行政事件訴訟」上、画期的である。

2005年の小田急線高架化事業を巡る行政訴訟事案においても、最高裁判決は、地権者ではない反対住民に原告としての資格を与え、いわゆる「門前払い」せず、訴えの入り口を広げている。

これらは何れも公共的事業における早期段階での救済(すなわち提訴)を可能にするものであり、司法改革の一環としてなされた行政事件訴訟法の改正の効果がでてきている。「行政事件訴訟法の改正の骨子と行政運営に当たっての留意点」はこちらに詳しい。何れにしても、司法改革の効果、そして行政事件訴訟法で言えば行政を訴えやすくした効果が判例として出始めたことはそうした方向に実態が動き始めているということで喜ばしい限りである。

しかし、一方で、上記の土地区画整理事業事案に係る浜松市の関係者が「最終判決は出ておらず、2011年度完了をメドに計画通り進める」と言っている。本当にこのような発言どおりに事業を行えば、これから差し戻し審を進めている間に事業が完了してしまい、結局は事情判決を招く恐れが大である。これではせっかくの司法判断が実態として活きてこない。社会的合意のもとで進めるべき行政事業において、事業計画決定・事業推進の行政手続きの正しさだけが優先し、関係者が提訴した問題提起に対する一つの社会的合意とみなすべき司法判断を顧みない行政とは一体なにか。

ところで、民間企業においても似たような話がある。東京地裁が2回、東京高裁が1回、「プリンスホテルグランドプリンスホテル新高輪)は日教組の教育研究全国集会会場として使用させなければならない」という司法判断を示したにもかかわらず、ホテル側がその司法判断に従わず拒否をし続けた事案である。イデオロギーの問題を抜きにして、果たしてこうした事態が法治国家において許されるものなのか。

わが国は法治国家であり、その法の番人とされるのが司法であるが、司法判断が官・民からないがしろにされるこのような事態が散見されることは法治国家としての根幹を危くするものではないかと危惧せざるを得ない。われわれ一人ひとりが法治国家を構成する一員であり、法治国家を危うくする事態に対して官・民を問わず厳しく指弾する仕組みが必要ではなかろうか。平成21年5月21日からスタートする裁判員制度がそうしたきっかけの一つになって欲しいものである。