「新ネットワーク思考」 〜世界の仕組みを読み解く〜

Albert-Laszlo Barabasi著、青木薫訳「LINKED:The Science of Networks 新ネットワーク思考 〜世界の仕組みを読み解く〜」、2002年12月20日第1刷発行、2006年4月20日第6刷発行、日本放送出版協会

1967年生まれの米国ノートルダム大学の物理学教授の手になるこの手のやや難しい内容の本が第6刷まで発行されているということは意外である。「ネットワーク」というテーマが時代の流れに合っているものと思われる。確かに、読むほどに引き込まれる。

20世紀は「還元主義」時代であり、すべからく要素分解し、より細かく細かく要素を追求していった。そして、現在はその分解した要素がどう組み合わさって機能しているのかが問われ、そこにはネットワーク論が必須となる。著者によれば、「ネットワークは様々な問題を理解するための新しい枠組み」ということである。

この本を読んだ後、ウィキペディアWikipedia)で「グラフ理論</a>」「複雑ネットワーク」を読むと、ここに書かれていることをわかりやすく書き下した本であると分かる。

ネットワークあるいはグラフは、その関係構造をノードとリンク(あるいはエッジ)で表現する。橋(リンク)で結ばれた島々(ノード)、回線(リンク)で結ばれたPC(ノード)、取引関係(リンク)にある契約者(ノード)、・・・。ビジネススキーム図や法制度のスキーム図も関係する主体(ノード)とその主体間の関わり(リンク)で表現される。要するに、このような関係性、つながり方に着目して抽象化されたノードとリンクによる概念がグラフであり、抽象化されたグラフが持つ様々な性質を探求するのがグラフ理論である。ネットワーク論もシステム論も同じである。

この著書は、このようなグラフないしはネットワーク理論の歴史的な研究展開の経緯を事例を交えながらわかりやすく活写している。有名な「世界の誰とでも6人で繋がる(6次の隔たり)」や、WWWの「任意の二つのドキュメントは、平均して19クリックしか離れていないこと(19次の隔たり)」、さらには「職を見つけたり、情報を得たり、・・・するには、同じサークル内にいれば知りうる情報も似たようなものになりがちなので、強い友人関係よりも、弱い社会的絆の方が重要である」ことも紹介されている。

おもしろい用語も発見できる。例えば「コネクター」。「どんな社会階級にも、友人や知人を創る並はずれたコツを身につけた人が少数存在するが、そういう人たちがコネクターなのだ」と言う。このずば抜けて多数のリンクを持つ、あるいはリンクを結びつけるノードをネットワーク論表現をすれば「ハブ」とも言う。確かに、周りを見たとき、何故かいろんな人が寄ってくる人がいる。いろんな人の間に入って、情報を仲介している。まさにコネクターである。

そして、「革新者」。革新者とは、マーケティングにおいてリスクを取っていち早く新製品・新サービスにトライする人たちのことであるが、革新者からは「ハブ(オピニオン・リーダー、パワー・ユーザー、インフルエンサー)に伝わり、社会的、職業的ネットワークに参加してるたくさんのノードに情報を送る」という。

「パレートの法則(80対20の法則)」も紹介され、「80対20の法則が当てはまる場合は常にその背後に”べき法則”がある」と言う。べき法則に従う分布の例としては、最近、話題になっている「ロングテール」の説明に用いられているあの分布関数がまさにそうである。べき法則は「活動の大半は一握りの事象によって遂行されるという現象の数学的表現であり、その特徴は、無数の小さな事象と、一握りの極めて大きな事象が共存している」ことにある。従って、「分布を特徴づけるピーク(スケール)も、平均も存在しない」。このため、筆者はこれを「スケールフリー・ネットワーク」と称している。

そして、「べき法則に従うネットワークにはハブが存在」し、「現実のネットワークの構造的安定性やダイナミックな振る舞い、頑健性、故障や攻撃に対する耐性などはすべてハブによって決定され、ハブがネットワークの進化を支配している」と言う。

この「ネットワークはべき法則に従う」ことの発見を、筆書は興奮気味に「べき法則は、カオス、フラクタル、相転移など、20世紀後半に成し遂げられた概念上の大躍進の中核にある法則であり、ネットワークは複雑系研究の最前線に躍り出た」、「べき法則は複雑な系が自己組織化するときに見せる徴だった」と書いている。

そして、筆者は、「ネットワークは成長と優先的選択という二つの法則に支配されている」ことを説明するスケールフリー・モデルを創り、ハブとべき法則の存在を証明した。このスケールフリー・モデルは、その後、「進化するネットワーク理論」としてまさに進化することになる。そして、Googleが何故、後から参入して競争に勝ったのか、「競争」概念を織り込んだ「適合度モデル」を考案するが、それが量子力学の「ボーズ=アインシュタイン凝縮」(一人勝ち現象が生じる)と数学的対応がつくことをさらに発見する。

米国で起きた西部停電事故は「ネットワークの持つ相互連結性に起因する脆弱さ」を浮き彫りにしたが、「一般に自然界のシステムは頑健性(ロバストネス)を有している」とされる。「故障に対して高い耐性を持つシステム”フォールト・トレラントなシステム”は、システムの機能が複雑に絡み合ったネットワークによって維持されている。自然は、相互連結性によって頑健性を獲得しているらしい」。この相反する矛盾は、次の表現で氷解する。つまり、「スケールフリー・ネットワークは故障に対する頑健性を有する。それは、故障は無数の小さなノードで起きるからである。一方で、攻撃に対する脆弱性を有する。ハブ・ノードを除去していくとネットワークはあっという間に崩壊する」。

この米国の西部停電事項はその後「カスケード(雪崩)故障」の典型例とされている。局所的な故障が発生した場合、そこが担っていた負荷は他のノードに移行(迂回)する。迂回先のノードがその負荷を吸収できる範囲であれば問題はないが、吸収できないほどの負荷である場合は、さらに他のノードにその負荷を廻す。こうしてカスケード現象が起きる。要するに雪だるま的な連鎖反応である。当然、そのような事象は、「ハブ的なノードが故障した場合ほど、起こりやすい」ということになる。

こうしたネットワーク論は、ノードとリンクに抽象化(モデル化)することができるあらゆる分野で共通のツールとして機能する。要するに、ネットワーク論的思考あるいはものの見方は現在社会においては不可欠であるということである。ネットワーク経済社会において、「ヒエラルキー思考はネットワーク経済にそぐわない。ネットワーク経済では、どのノードも利益を上げることができなければならない。それが理解できなければ、相互連結性の危機に落ちいる」。

ここで、おもしろい話が登場してくる。「Hotmail」である。インドで生まれ育った2人が立ち上げ、その後マイクロソフトが4億ドルで買収した無料電子マールサービス”Hotmail”のやり方は「ウイルス・マーケティング」である。筆者はHotmailの成功の鍵を次のように整理している。

1.無料であること。従って、ユーザーはそれがかしこい投資かどうかを考えなくても良い。

2.登録手続きが簡単であること。2分もあればアカウントが手にはいるので時間の投資も問題にならない。

3.一端登録すると、ユーザが電子メールを送るたびに、Hotmailの宣伝をしてくれること。

つまり、「この3つの特徴を合わせれば、感染率の極めて高い拡散メカニズム内蔵のサービスが出来上がる」という。

現在の経済・社会における仕組みを考えるときに、こうしたネットワーク論的見方は実に有効である。仕組みはまさにノードの関係づけであるからである。そしてその際に、ハブ的なノードの存在をどう認識し、どう位置づけるか、どう取り込むかをしっかり考えることが極めて重要ある。

これらの新ネットワーク論をもう少し理解したい方は、公文俊平×丸田 一「新ネットワーク理論の可能性を語る」を読むとおもしろい。これからいろんな分野でこうしたネットワーク論が展開されていくことなろう.